松木沢から皇海山・庚申山

増田 宏 


 松木沢を遡行して皇海山に登り、庚申山に縦走する道は足尾山塊の白眉である。庚申山から皇海山に縦走して松木沢に下る逆コースも考えられるが、渡良瀬川源流から皇海山を仰ぎ登頂する方が達成感が高い。ただし、松木沢の遡行は道のない沢伝いなのである程度の経験を要する。
 『皇海山と足尾山塊』出版後、登山コースの状況を把握するため、時折、足尾山塊の登山道を踏査している。その一環として松木沢を遡行して皇海山に登り、庚申山に縦走した。1人では同じ道の往復となるので当日の朝、妻に同行を求め、縦走することになった。山行の実施が急遽決まったので、以前からこのコースに興味を示していた知人に同行の連絡ができなかったのは残念である。わたらせ渓谷鉄道を利用できれば一層興味深いが、時間がなかったので車2台で行くことにした。1台を下山予定の銀山平に駐車し、足尾(三川)ダムから歩き出した。

 このコースで最も危険なのは崩壊した工事用道路での落石である。路面には崩れ落ちた岩石が積み重なり、上方の斜面に不安定な石が堆積しているので通行に細心の注意が必要だ。一木一草もなかった松木谷も左岸側は草木が生え始めているが、対岸は岩壁が屹立して険しさを際だたせている。工事用道路から河原に下りるとウメコバ沢の合流点である。渇水期なので水量が少なく、あたり一面の広い河原になっている。本流最後の6号堰堤を右から越えると右から三沢と小足沢が相次いで合流する。徒渉を繰り返しつつ遡行し、右から大ナラキ沢、釜ノ沢を合わせ、左から丸石沢を合わせるとニゴリ小屋はすぐだ。松木沢の下りでは靴を履いたまま徒渉しているが、今回は登りなので靴を濡らさないために遡行用の靴を別に持参した。岩に古いペンキの矢印が付いている場所から斜面に取り付き、小屋に向かう。
 旧ニゴリ小屋は倒壊して久しいが、近年、跡地に旧小屋の廃材を利用して一部の人たちが再建した。小屋には炊事用具やマット・衣類など私物が備え付けられ、個人的に利用されている。元の小屋の廃材を利用しているので公共用の避難小屋と解釈して今回利用させて貰った。施錠していないので再建した人たちも小屋を私物化しようとしているわけではないようだ。もっともここまで登山道が通じていないので通常の避難小屋と違って利用する人は殆どいないだろう。
 小屋は高台にあって展望が開け、裏の広場からは皇海山と鋸山が望める。ここでビールを飲みながら渡良瀬川源流の夕暮れを楽しんだ。四十年前に父と初めて泊まったことがつい最近のことのように思える。中学2年の秋、父に連れられて庚申山に登り、足尾の山に初見参したのを機にこの地域の案内書「渡良瀬源流の山」を見て渡良瀬川源流から皇海山への登路があることを知った。そして、渡良瀬川の源流が皇海山であることに私は憧れを募らせた。そして、高校1年の秋、父の同行を得て憧れを実現させたのだった。以来、今日までこの山域を探り歩いて来た。この山行は私の山の原点であり、渡良瀬川源流と皇海山は今も心のふるさとである。当時の父の年齢をとうに超えたが、私の心の中ではここから皇海山の勇姿を眺めたのは遠い過去の日ではない。亡き父に代わって妻といることが歳月を感じさせるだけである。

 翌日、明るくなるとすぐニゴリ沢に向かった。広い沢を三十分ほど遡り、沢が左に曲がる地点で尾根に取り付く。木に目印の銘板が打ち付けてあるが、初めての人は判り難いので見過ごさないよう注意が必要だ。
 モミジ尾根は取り付きからいきなり急登となる。電光型に付けられた道を辿るが、晩秋で落ち葉が堆積して滑り易い。やがて傾斜が緩くなると尾根の背に出る。上部は一面の笹原で踏跡が殆どなく道を見失い易かったが、新しく赤と黄の標識が付けられて判り易くなっていた。また、笹が鹿に食べられて丈が低くなり、以前よりずっと歩き易くなっている。
 国境平で縦走路に出てからは道が明瞭になり、行く手には皇海山の巨大な山容が聳えている。頂上まで標高差五百㍍、針葉樹林帯の急登を続けて山頂に立った。山頂は不動沢林道から登ってきた人たちでいっぱいだった。喧騒を逃れるようにして山頂を辞して鋸山に向かった。
 皇海山は面白くないという声をよく聞くが、つまらないコースから登るのだから当然である。山頂まで2時間ほどで登れることから登山者の大半が不動沢の道を採用しているが、伐採跡地のカラマツ林を行くので変化がなく、こちらからの皇海山は庚申山からの秀麗な姿とはほど遠い。安易な不動沢からではなく、庚申山から鋸連峰を縦走して皇海山を目指すことを勧めたい。松木沢と並び名峰皇海山に相応しい登路である。
 鋸山頂までは不動沢林道から登った人が往復しているが、その先の縦走路では誰にも会わなかった。鋸山(第十一峰)から第八峰蔵王山までは岩稜が続き、鎖や梯子があって多少緊張するものの、変化があって面白い。第六峰薬師岳から先の縦走路は笹が深く道が不鮮明な箇所があったが、刈り払いされて判り易くなっている。庚申山の登山道も補修され、鎖が新しい物に付け替えられていた。2日目は行動時間十時間の長丁場で、庚申山の下りではさすがに脚が重く感じた。庚申渓谷の黄葉は緑と黄色が調和して今までになく見事であった。銀山平近くなって小雨が降り出し、本降りの中を車で帰途に就いた。

2009年10月31日〜11月1日
桐生9:40 三川ダム11:30〜11:45 ニゴリ小屋15:25
ニゴリ小屋6:10 尾根取付6:50 国境平8:00 皇海山9:50〜10:00 鋸山11:05〜11:20 庚申山13:05〜13:20 庚申山荘14:10 一の鳥居15:10 銀山平16:15 三川ダム16:55 桐生18:15


松木沢下流部

落石が積み重なった工事用道路

崩壊し岩石が堆積した斜面

最終(6号)堰堤

大ナラキ沢・釜ノ沢間を行く

本流唯一の淵

淵の巻き道終了点

ニゴリ小屋

ニコゴリ小屋から皇海山

モミジ尾根から皇海山

モミジ尾根上部から皇海山

国境平付近から皇海山

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