富士山六合目まで

*六月は一度も山へ行かないまま終わりそうだと泣いていたら富士山を散歩しましょうという素敵なお誘い。といってもそのメンバーの中で最近山を歩いたのは筆者のみで、おひとりは昔々の高校生以前に吾妻山へ行ったことがあるだけ、という超初心者。山開き前なので小屋も営業しているかどうか判らず、一番楽な河口湖口から六合目あたりまでならなんとかなるかも、駄目なら五合目から下界を眺めて参りませう、といういかにも安全な(軟弱な?)計画を立てて歩いて来ました。桐生近辺ではないし、山頂でもないけれど、久々の山の空気です。

夜中の3時に桐生を発ち、この季節の夜明けは早い、高速道路へ乗る頃には明るくなり、けれども空は雲が厚く八王子近辺ではけっこうな雨で先行きが案じられたのですが、河口湖に近づけばいくらか青い空が遠くに広がり、五合目への道路脇にはびっしり咲いたシロバナヘビイチゴが風に揺れています。
五合目駐車場は7月の山開きには凄い混雑だそうですが、余り天気の良くない平日、閑散として、一歩車から出ると凄い風!登山靴に履き替えるだけでバランスを崩し、靴下は飛び去り、今回はしっかり荷物を詰めたザックさえ浮き上がる始末。風に向かって両手を広げるとふわっと浮き上がるような、いやそんなに軽くはない、単に転がってしまうだけですが。

小御岳神社にご挨拶してその風を背に受けて歩き始めます。綺麗に均された広い道脇には冬の雪の重みで水平に幹を伸ばす樹木が柔らかな色の葉を広げ、真白とは言い難いけれど雪渓のしっぽが残り、すでに高度は2300mを超えていて、出発点からは緩やかな下りです。左手後方に河口湖、進行方向の山中湖は低い雲に覆われて全く見えませんが見下ろす町が小さく輝いて同行者一同ただ歓声とため息。深呼吸をすれば冷たい空気に肺が洗われ、身体の細胞ひとつひとつがぱちぱちと目覚めます。楽しみにしていた雲海に浮かぶ南アルプスは残念ながら雲の中、それでも手前の山並みが黒々とした姿で低い雲の上に連なり、普段目にしない高度からの眺めは嬉しい。

ゆっくりとゆっくりとですよ、なんて偉そうに指図しながら真先に息を切らしていては世話はありませんが、広い道を「泉ヶ瀧」分岐で登山道へ。傾斜は急にきつくなり、それでも一部鋪装もあり、石畳もあり、柔らかな緑の中を少し登山ぽくなります。
石畳の上に大きな動物の糞をみつけ、さて鹿でもないし狸でもない、熊がいるとは聞いたことがない、と不思議がっていたら馬に乗ったひとが下って来ました。五合目には何頭か馬がいるそうで、六合目くらいまでは乗馬で登れるのだとか。姿勢のいい馬上のひとは危なげなく通り過ぎて、この高さで尚高い視野で眺める景色はより気持ちいいものかもしれません。

止んでいた風は六合目、まだ閉まっている安全指導センターのあたりで再び強風になり、小雨に交じって砂粒が吹き荒れ、海外遠征のため富士山でトレーニングしているという男性がこの季節でこんな強風は珍しいのだと教えてくれます。暗いうちから八合目まで登ったのだがそれより上は雪が残っていてアイゼンがないと絶対に無理、とのこと。突風にあおられて進めなかったそうで、代行一行の頼りない装備を眺めながら心配そう。大丈夫です、ここで下ります、と答えたら安心されたのか凄いスピードで走って下ってゆかれました。
途中、走って登る女性や若い男の子にも抜かれ、みなさん登山マラソンの訓練なのでしょうが、見上げる急斜面を走ろうなんて正気の沙汰ではありません。走るときの堅実な小幅の足運びに比べて下るときの速いこと。とても同じ動物とは思えませんが、そういえばいつもお世話になってるあにねこ氏はこのマラソンの完走者。改めて尊敬してしまいました。

山開きに合わせてなのか六合目で道を整備されていた工事の方も、この風では仕事にならないと工事車の陰で風を避けていて、我ら一行もセンターの裏でひと休み。用意していたビールを車に忘れ、コーヒーを沸かせば粉は吹き飛ばされ、砂粒のたっぷり入った薄いコーヒーで乾杯。きっと次の機会には頂上に立とうと誓い合います。
大休止の間に小雨は止んで、吉田口と合わさる道をほんの少しだけ登りました。道はまた趣を変えて急なつづら折れのざら場になり、もうここからは樹木は全くありません。代表幹事は里山の方が面白いと力説していましたが、見下ろす景色と雲海はやはり高い山の魅力です。山頂はずっと雲に閉ざされ見ることはできませんでしたが、連なる小屋が八合目付近までははっきり見えて、すれ違う方もいくらかいて、さて本当に我らに次の機会はくるのでしょうか?
今年も7月1日の山開きのために私たちが登った翌日、小屋の方々総出で雪かきが行われたそうです。

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