鹿俣山

*(承前)
さてカメラの支度が整ったら改めて鹿俣山(かのまたやま)をめざしましょう。

秋の山を歩いているとふいに甘い香りに包まれ、筆者はずっとこれを秋の匂いと呼んでいたのですがやっと正体が判りました。そのひとつがヒトツバカエデ。
長沢三角点から周りは黄葉が増し、ブナ平は明るい光に溢れて、それに混じる少し小さな黄色い葉が甘い匂いを放っています。そういえばメープルシロップってものがあったのだわ。ちょっと絡みつくような濃厚な匂いです。
もうひとつが桂。こちらも黄色い葉ですが薄い緑が混じり、これが茶色に変色するあたりで甘い匂いを放ちます。ヒトツバカエデより淡白で密やかな香りです。
落葉を拾い上げては嗅ぎ、道に伏せたり幹に鼻を近づけたり、犬のように歩くのもなかなか楽しいものです。
ブナ平には見所がいくつかあって、朽ちた古木がお地蔵さまのような塊になっているブナ地蔵や、丸い石を抱いて蛸のように根を張った木、樹齢400年というブナの大木、木肌に年輪を浮かせた太い老樹。幾組かの方々とすれ違う他は小鳥の小さな鳴き声と、一行の落葉を踏む音だけの静かなゆったりした道で、草の実や木の実を見つけるたびに思わず上げる自分の声の高さが少し恥ずかしい。明るい金色の光に包まれて歩く素敵な森です。

ブナ平を過ぎると両側の笹は背丈ほどに一気に高さを増し、傾斜もやや強まって、行手と来た方向と空だけが見える道がしばらく続きます。
展望はないけれどこの道の途中の少し開けた場所でお昼にしましょう。既に4時間ほど歩いているのですっかりお腹がすききって、ひょいぱくひょいぱく、手当り次第に食料を詰め込みます。風のない日で笹原はひたすら静まり、陽射しがぷちぷちと音をたてているような気がするほどこの季節にしては強い。長々と寝そべりたいような至福の時間を過ごします。でももしひとりで座り込んでいるのなら熊さんに気づいてもらえないかもしれません。

大休止後の重くなった足を励ましてほんのひと登りで飛び出すスキー場のゲレンデ。見下ろせば空を写した玉原湖、その向こうにさっき登った尼ケ禿山が可愛く尖り、そのまた向こうには山影が重なって、ここを滑り降りるのは爽快かも。もっとも筆者は滑れませんが。
見上げると笹を刈った斜面は丘じみて、広々と青空が開けて樺の木立の向こうにこれから目指す鹿俣山が平たく延びています。
道は何度かゲレンデを横切り、よく手入れされてはいますが、筆者は同じ傾斜が続くこの道は余り好きではありません。もう雪が消えた谷川の山並みが見えるとはいえ、道は変化と驚きがなくっちゃ、などとほんとは泣きたいのを強がってようやくスキー場を抜け山道に入ればすぐに山頂に到着。
東側に思いがけない大きさで上州武尊があるのに驚きますがそれもそのはず、鹿俣山は武尊山と稜線が続いているそうで、道はなさそうだけど歩いた方がいないとも限らない、世に好事家の種は尽きまじであります。
綺麗に笹が刈られた小さな天辺は他には思っていたほどの展望はありませんが、なんといっても斜面がいい色でしばらく時を過ごします。

帰路は、ときどきゲレンデの枯草をぱきぱき乾いた音をさせながら直降して、踏むたびに濃くなる日向の枯草の匂いもなかなか捨てたものではありません。笹原に戻り、そろそろ夕暮れ近い長い波長になってきた光線に映える黄葉、紅葉を愛でながらブナ平のとば口から岐れる探鳥路へと。
この山域は歩く道どれも目立たぬようにでもしっかりと人の手が入っていて、いくつかの樹木には説明板が設置され、倒壊の恐れのある朽ちた木には注意を促す印があり、この日も倒木を切断して片付けている方たちにお会いしました。沼田市なのか、群馬県なのか、はたまた民間なのか国なのかは存じませんが、やたらめったら真直ぐな道や歩幅無視の階段を作って後はほったらかしの某市は見習うように。

途中大きなミズメの樹木があり、すっかり匂いに敏感になった筆者は、傷つけると強い香りがするとの説明に、どんな匂いか興味津々。ストックでつつきたくなりますが、ちょうど居合わせた東京からおいでだという巨木愛好家の女性に名前をちゃんと読むように注意されて、その名もヤグソミズメ。確かに余り良い香りはしなそうな名前です。
木の根が張り出しいくらか石の目立つこの日一番の山道らしい下りはあっさりと下の舗装道に合わさり、すぐに出発地点のセンターハウスが見えてきて周回は終ります。ずいぶん長時間歩いたわりにそんなに疲れなかったのは高低差が少ないいい道の連続と、美しい紅葉のおかげでしょう。再び山猫・赤猫コンビにこころから感謝して、鮮やかな赤や黄色に別れを告げます。

南郷温泉しゃくなげの湯(入湯税込み550円)で一日の汗を流し、根利道を走ればとっぷりと日が暮れて、おお、赤城山も一周したわけだ。朝焼けから夕焼けを経て後の月のしんしんとした光を浴びる充実の秋の一日でありました。

* * *
匂いのいい落葉が
石を抱く木の根
木肌にも年輪
* * *
明るい光に溢れる
ブナ地蔵
探鳥路との岐路
* * *
笹原の向こうにスキー場
見上げる樹間の鹿俣山
見下ろせば玉原湖と尼ケ禿山
* * *
黄色に染まってしまいそう
谷川連峰が
こんなに近く上州武尊
* * ”
頂上看板
笹原を抜けて戻る
ところどころに大きな老樹

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