1月定例山行 代表幹事代行

*今年の初定例は会長待望の神籠石へ。何度も行ってるから大丈夫!と胸を叩いたのに、へっへっへ、迷いました。ついつい明るい歩きやすい方へ進んでしまうのはひとの性、前夜何度も地図を眺めて予習したにもかかわらず、曲がってはいけない道をつい左へ。道はどんどん狭くなり、どうも見たことがない景色。慌てて地図をひっぱり出しても、既にここはどこ?わたしはだれ?状態で、木々の間から小俣の石尊山が見えても、左手近くに唐沢山が見えても、今いるここは特定できない。
きっと迷った方々もこれを歩いたに違いない、右手の木の被さった作業道らしき道を、跨ぎ潜り、痛っとかえいっとか騒ぎながら稜線に上がります。彩り様々な紐が木には結ばれていますが、八王子丘陵はどこを歩いてもこの印満載なので、道ではあるがどの道かいまひとつ確信が持てない。立派なピークをひとつ越し正面に見えるピークがどうやら縦走主脈らしいと次のピークに向かいます。

「山と渓谷」に地図読みの企画がずっと続いていて、実は代行はこれを読むためにここのところ毎号買っています。毎回納得しつつ自分では着実に地図が読めている気分。ところがどっこい本の上だけの文字追いでは、しかも現在地も既にわからないのに、地図など読めるはずはない。告白すれば代行は将棋も2段なのですが、これも新聞検定の段。代表幹事と将棋を指せば序盤だけは型通りに互角に指せても、中盤過ぎれば単に猪突猛進であっさり負かされ、実戦に裏打ちされない知識はあっても邪魔にはならないがなかなか使い物にはならない。しかもほとんど一人では歩かない、歩く場合も地図を見ない、あるいは将棋も指さない状態では文字通り絵に描いた餅。

ピークを過ぎて直進すればあるはずの稜線が消えてしまった。会長、神籠石は斜面と斜面の出会うところにありまする、ここはこの道なき斜面を下りませう。訳のわからない理屈で急斜面を下り着けばなんと簡易舗装の下り道。やっと判った、これが1/25,000上の実線、菅塩に抜ける道だ!日向山手前の斜面をずりずり下ったんだ!すずき@東毛さんの記事を読んでいて良かった。立派な役に立つ記事、あんがとね、すずきさん。
lost mywayといえばなんだか救いがありませんから、ここは逍遥自在と考える。やたら高い山でも雪山でもない八王子丘陵、慌てて足元をおろそかにしない限りこんなうらうらとした冬の日だまりは迷うのもまた楽し、と負け惜しみを言いながら菅塩側からかわご石越えを越えました。
越えれば勝手知ったる道、左手にかつて代表幹事が推奨していた大石があり、何度か会長も代行も連れられて歩きました。沢に着く直前の蔦の絡まる木の枝に「左かわご石」との文字があり、沢を渡った所の黄色の2本テープの木には新たな緑テープの案内もあります。でもこういうのを桐生市はやってくれないのかなぁ。歩行者任せにしているから主脈があんなに目印だらけでうるさくなる。ちゃんとしたものが要所要所にあればだれも紐など巻き付けないのに。

沢沿いに緩く登れば、神籠石は内に光を沈めて鈍く輝いている。周囲はすっかり葉を落として、土は厚い霜柱で持ち上がっています。看板もほどほどに古びてきて、そのうち自然に文字も薄れて自然に帰ってゆくでしょう。初めて来る会長は感慨深げにしばらく瞑目しておりました。
その間代行は石の右手をよじ登り後の大石を観察、撮影。湧水は寒さのせいか止まっていて、土もさくさく凍っているので登りやすい。磐境がどんな形なのか全く想像できませんが、たしかに倒木を除いて斜面下から見上げれば、この石は二つセットで神域を現していたようにも思えます。昨年6月に来ていた市の文化財担当部署の人が少し調査と整備でもしてくれないかしら。このまま又抛っておくのはなんだか勿体ないと思う。なんたって昔々は神さまが降りた場所、罰があたって市がますます衰退したらどうしましょう。
お昼には少し早く、陽射しもここには届かないのでコーヒーを飲んで一服したらもどります。迷った場所を再確認したり、ここら辺を歩いた時の思い出話をしたりでゆるゆると歩き、帰りは迷いようがありません。

楚巒山楽会がいくら軟弱な低山歩き専門同好会とはいえ、これだけでは少し物足りない。ヘロコヤシキに登ろうよと提案したら、一度登っている会長にあっさり却下されて、賀茂神社から句碑の道を歩き、賀茂山の頂上あたりの陽射しの中でお昼ご飯。ヘロコヤシキの篠笹の急坂の上り下りは一生に一度経験すれば良いとかで、それなら富士山と一緒、なかなか立派な山であります。そのうち文明の利器など手に入れたらひとりで経験してみましょう。

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