大畑山

*朝ひとつ用事を済ませた日曜日。お天気はいいし先週歩いたので体調はぱっきぱきのいい感じ。起きがけ、目覚ましのコーヒーをたっぷり淹れたので、残りをポットに詰めてバスに乗ります。空は青いし、見える範囲の山には赤い色が一気に増えてるし、こんな日はわたらせ渓谷鐵道なんて良さそうじゃないか。

○水沼駅から荒神山をめざす
行き当たりばったりのお出かけはまず桐生駅での1時間待ちで小さく躓く。とりあえず500円、水沼行きの切符を握りしめ、ホームで砂女ならぬ鉄女に変身してみます。わ鐵のプレートは錆の浮いた年期の入ったかもしかで、二両編成で濃いチョコレート色の車両は昔の阪急電車みたいで懐かしく、噂に聞いていた若いアテンダントさんが甲斐甲斐しく動き回って、しかも2人もいる。
早めに乗り込んでガイドブックを改め、地図を引っ張り出し、あれ、携帯電話を忘れているし、ちまちま書き込んだ秘密の絵図面も持って来ていない、なんてばたばたしている内に車内は館林からのツアー客で一杯になります。みなさん足尾見物で、ようしあたしはやっぱり車で行けるという荒神山にしよう。

大間々では愛知から来たという団体さんが乗り込み、昨日は日光へ行って水上泊り、神戸にバスがお迎えに来ていて今夜はもう愛知へ帰る、と聞いてふえ〜と頓狂な声を出してしまいます。明日は仕事、と元気のいい女性達をひたすら尊敬しますが絶対に真似できないと思う。
水沼で彼女達に気をつけてね〜と手を振られ下車すれば前にはなだらかに荒神山。

五月橋へ向かう前に歴史民俗資料館にお寄りすれば、石仏関係の資料がたっぷりあり、係の方にあれこれ質問している内にお日さまは高く高く、こんなにゆっくりしていてはいけません。
五月橋は赤い可愛い橋で標高265mの看板。渡れば八木原の集落で龍禅寺の立て札など読んでまた道草。右に渡良瀬川を見ながら進むと、左に荒神山入口の看板が出て来ます。舗装道は静かで車にもひとにも会わず、鈴を鳴らしながら登って行けば直進は上八木原、右が荒神山参道の分岐があり、そのすぐ先の左手に山道。ここから錯綜が始まります。

○紆余あり、曲折あり
舗装道歩きはつまらないとそちらに入れば、登り出しが綺麗に刈り払われた山道は杉の中を進み、すぐに突き当たって左右に分れ、黄色の標識が立ってますが山頂を示すものではありません。ここで何も考えず右に道を取ったのはそちらの方が急ですぐ天辺に着けそうな気がしたから。
少し崩れかけた、けれどもまだ新しそうな階段がずっと続きます。道は細く急ですがよく踏まれていて、穂が開いた白い薄を振り回し、鼻歌を歌い、送電の塔をいくつか越え、猪の掘り返した跡を踏み、危なっかしい木橋を渡り、ガイドブックに送電塔の話があったといううろ覚えを頼りに、右手に開ける赤城や袈裟丸の眺めを楽しみながら登ります。

どのくらい歩いたのか、時計替わりの携帯電話がないのではっきりしない。疲れ具合からだとまだそんなでもなさそうだけど、影の長さ、光の強さは歩き出しとは随分違うような。左の山頂はまだまだ高く道は上ではなく等高線に沿って延びはじめます。
で、突然道が切れる。ひえ〜ん、行き着いた送電柱から上にも下にも横にもどこへも行けません。その次の柱は隣の尾根のしかも下方にあり、斜面は急。それまでののどかな気分が消え、ザックを下ろして地図を確認しようと思ったら上からごそごそけっこう大きな音が聞こえて、ひ〜、慌ててザックを掴み来た道を戻ります。それまでは少しも気にならなかった草のそよぎや、下から微かに伝わる車の音が、嫌な想像ばかり呼び起こし、でも足取りだけはゆっくりと慌てずにと言い聞かせ、ひたすら下る急な道です。

いいもん、山頂になんか着かなくてもと自分を慰め、登る時には気がつかなかった蛇の死骸に怯え、どこかで音がする度に心臓がどきどきするのだけど、弱味を見せてはいけないわ、って誰も見てはいないのですが。
なんとなく浮き足立ったまま分岐に戻って、そのまま戻ろうと思っていたのに、ここで止めるのはやはり剛腹と妙に気負い立って、今度は左に道を取ります。こちらの方が緩やかで広く、着実に上に向かって足に嬉しく、なんで最初からこっちを歩かなかったのかと反省。歩きながらコース確認をすると今度は間違いないようで、でも今はいったい何時頃なのか。

黄色を濃くした雑木林から時々見える太陽はまだそんなに低くはないけど、こんなハイキングコースで暗くなって立ち往生じゃ皆に笑われると足を早め、本来なら静かな気持のいい道なのですが、水分補給も休憩もしないであたしにすれば急ピッチ。今度はそれで心臓がどきどきし出す。滅多に摘まないお花もそそくさと摘んで、鳥が飛び立つくらいできゃっとか言ってる内に展望台と山頂の分岐。相変わらずかかる時間も今の時間も見当がつかず、どうも方針が一貫しないまま山頂を諦め展望台に向かいます。

○救いあり
しばらく登ってぽんと出る荒れた舗装道の先に展望櫓。ここからの眺めはさすがに雄大です。赤城山から袈裟丸にかけて少し靄に包まれて長々と稜線が続き、手前には栗生山がぽこんと特徴的な頂を見せ、下の集落の田は刈り入れも終った秋の色で、やっとコーヒーと煙草で深呼吸。落ち着いてみるとまだ太陽はほんの少し西に傾いた程度で、うーむ、三角点はどうしよう。
と、展望台から舗装道へ入ったところで登っていらっしゃるご夫婦発見!今日山へ入ってから初めて会う人なので、一気に心細さが消え去って、頂上への道を聞かれたのをいいことに見栄も外聞もなく同行をお願いします。しかも時間を聞けばまだ2時。あ〜、ほんとにあたしったら馬鹿みたい。

標識通りに進めばすぐに無事三角点を踏み、こちらは木が邪魔して展望はありません。ところどころ鮮やかな色に染まる山肌を心静かに楽しみながら車道を下り始めれば、展望台に寄っていたおふたりに車で拾っていただいて、八木原まで。
これ、読んでくださってたらほんとうに色々ありがとうございました。助かりました、と深くお礼。

にしても、やはりどんな山でも行き当たりばったりはいけません。下調べと準備と必需品の確認は必ずすること、どこかに寄るのは下山後にすることと改めて自分に言い聞かせ、4時前のわ鐵に乗れば、来たときより混んでいてまるで通勤列車のよう。水沼から上神梅までの渓谷は、あと少し清流と紅葉が楽しめそうです。
大間々で次々と下車するひとを見ていたら、次は要害山あたりならなんとかなりそうな気分になって、無事に下りさえすればやはり山は怖さも含めて楽しいものです。

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