竜王山(関西篇)

*大阪へ行ったついでに子どもの頃に歩いたことのある里山をいくつか歩いてきました。それはもう昔々、半世紀も前のこと、しかもがやがやと遠足気分で連れられて登った山なので、桐生の地元でも滅多にしないひとり歩き、上手くゆきましたらお慰み。

まずは日本中の龍を呼び集めて雨乞いをしたと伝えられる竜王山。茨木市の奥にある山で大阪平野の北側、京都を囲む山並の最初の立ち上がりでかつては昼夜の寒暖差を利用した寒天作りが盛んでした。
駅前から小一時間バスに揺られて終点の忍頂寺下車。竜王山参道の石段を登ります。団栗と落葉に覆われた緩やかな山道はすぐに舗装道と合流し、折からの大寒波の到来でうっすら雪が残っている林道をしばらく進みます。途中蛙岩なる大岩があり、大きな岩があればそれを何かに見立てて名づけたり、その場所に神を祀るのは人間の本能なのでしょう。右手の明るい笹色と枯木の向こうにときどき大阪平野が霞む静かな道です。

細い杉林に入ると左斜面は大石が目立つ幽玄な景観になり、祠や石碑が立ち並ぶようになります。特に割れ目のある大岩は岩刀山(いわたちやま)と呼ばれこの割れ目からは薬師如来が出現したのだとか。このあたりから宝池寺まではもう竜王碑のオンパレード、八大竜王といいますが八つどころではありません。
八葉蓮宝池はたっぷりと水をたたえ、中央に八大竜王権現が祀られてここで雨乞いの経法が行われたそうで、寺宝は龍の骨。森閑とした場所でほんとうに池から何かが現われ出るような雰囲気です。

雨や雪になると困るのでそそくさと手を合わせ裏側の山道へ。広々と作られた道は満遍なく落葉に覆われて柔らかくしっとりと静かです。愛宕さまを過ぎ、狸のある分岐を右へほんのひと登りで山頂到着。
13mもある木製の展望台でゆったりと一服です。ここからは大阪平野一望。案内板では淡路島や若草山が見えるはずで、空も晴れ上がってはいるのですが、地表近くの空気が濃過ぎるのか眼下の山さえ滲んで遠くは霞むばかり。どなたもいらっしゃらないので聞くこともできずただただ空の青を眺めておりました。残念。ガイドブックにも判りにくいとある510mの三角点も見つけられずこれも残念。

山頂からは「車作」への標識に従って南の稜線を下ります。光の明るい檜の林に小鳥の鋭い声が響き、ときどき石段や木枠の段のあるよく踏まれた緩やかな道です。右斜面がいくらか緑の残る雑木になればすぐ鋪装道に出会います。
日陰にはいくらか雪が残りますが陽射しは暖かい。右側にこれから歩くつもりの対岸の阿武山への柔らかな稜線を眺め、林道が分岐したら「岩屋」方面へだらだらと登り返します。

庭先に真っ赤な南天の目立つ一軒家を過ぎ、しばらくして鋪装が途切れそのまま山道を進めば、見上げる高さまでそそり立つ苔むした岩壁が並んでいます。桓武天皇の兄の修行場だったと伝えられ石仏や石塔が祀られて、岩の割目を伝って上へ抜けるルートがあるそうですが勿論筆者には無理。幾度も見上げてその高さに感嘆しながら少し先の瀧不動を拝見。こちらも苔むした岩を一条の水が打ついかにもお不動さまに相応しい場所です。どの石像や祠にも、さっきのお宅の方でしょう、鮮やかな南天が捧げてありました。

再び林道の分岐へ戻り舗装道を少し下って車作への山道へ。雑木林の中を縫い、乾いた音を立てて風が渡る竹林を右に見て下ると清水廃寺の小高く開けた跡地です。ここから見下ろす車作の集落は時代を超越したような長閑さで、鎌倉・室町時代だの信長の焼き打ちだのという言葉がさして違和感ない佇まい。
安威川の谷を挟んだ向こうの山肌に新しいトンネルの出口が見えて、実は方向音痴の彷徨はガイドブックを離れたここから始まり、あの出口から出てくることになるのですがまだ筆者はそんなことは思いもせず煙草を燻らして呑気なものです。

山道を左手車作大橋の方角へ九十九に折れる道を下ります。竹林と雑木帯が交錯する道はほぼ等高線に沿って緩やかで、靴の下で砕ける枯葉の音が申し訳ないほど静かです。ときどき右手に見下ろす川はこの少し上流では竜泉峡と呼ばれ、小学生の頃の遠足や友人たちとの飯盒炊爨で来たことがある谷なのですが、現在は対岸の山肌が大きく削られて大規模な工事中の模様。
下り着いて舗装道に合流し、さて阿武山へ向かう稜線への道を探すのですが、地図も持ちGPSも携帯しているのにこれが判らない(泣)。ガイドブックには記載のない丹波の亀岡へ続くという新しい幹線道路を、ごくたまに車が通る以外は人っ子一人いない山間で筆者絶体絶命です。

山道を戻るか、工事中の場所を突っ切って旧道を辿るか、このずどんとした広い道路を歩くか。武士は後戻りなどしないもの、なんて訳の判らない理由で思い切って真直ぐな新道路を選べばすぐにトンネルになって、その長いこと!オレンジ色の明るい光の中を、延々と延々ともひとつ延々と(しかも登りです!)歩いてなんとか出口に辿り着いたときには心底ほっとしました。何台か対向車が来たのですがきっと首を傾げられただろうな。
宿に戻って見直せば入るはずの山道はもう少し上流にあったのですから、惜しいというか馬鹿というか。

旧道と合流して「大岩口」のバス停を見つけたときはもうぐったり。一日に数えるほどの便が30分ほどのバス待ちで済んだのは幸いでした。バスを降りてから再びバスに乗るまでお会いしたのは運転手さんおふたりだけ。古い歴史を持ついい山なのですが冬の連休には余り人気はなさそうです。
阿武山の項へ続く

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まずは石段を登る
落葉の深い道
参道の石柱は薄い雪の中
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金龍竜王の碑 こちらは白龍さま 八葉蓮宝池
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道はよく整備されている 山頂看板
展望台からは淡路島も見えるという
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檜林を下る
落葉は深いが歩きやすい道
阿武山への山稜
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岩屋
緩やかな下り 車作の集落を見下ろす

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