物語山・阿唱念の滝

*物語山へ行きたい。この頃すっかりおなじみになった西上州へ出かける度そうお願いして、もうなんと言っても名前の魔力。いやそんなロマンチックな山ではありませんとあにねこさんにきっぱり断言されても行きたいと繰り返し、しょうがない、まったく婆あってやつはととうとう根負けされたのか、未踏だという桐生みどりさん共々連れて行っていただきました。ありがとうございました!

○物語山
国道254は下仁田あたりから「姫街道」の表示が見え始め、江戸時代中山道よりこちらの道の方が行程が短く人通りも多く女性の利用が盛んだったのでこう呼ばれたのだとか。低いけれどもそれぞれ岩肌を見せ奇妙な形に痩せた山々を縫う市ノ萱川に沿って道はくねくねと続きます。サンスポーツランドへの深山橋を渡ってすぐ右手の駐車場には既に車が幾台も停まり、本日は遅い出発。
かつてはひとつ手前の物語橋からの林道へ車両も進入できたようですが、今はもう道は深く削れ、落石の跡も多く、鋪装のほとんどは剥がれていて、その林道をてくてくと辿ります。沢沿いの道は明るく、滑を走る水は白い帯になって、新緑の頃はどんなに綺麗でしょう。今年の春の遅さがちょっと恨めしい。
林道途中から行手にはメンベ岩がよく見えて、戦国末期落城した幽崖城の武者たちがこの岩の頂上に財宝を隠し全員岩上で自害したのだとか。物語山の山名はこの悲劇を元につけられたそうで、それにしてもあの岩にどうやって登ったのかしら。藤蔓を伝ったとも言いますが、天辺に松はあっても四囲は藤さえ生えなそうな垂直に屹立する岩で、そんなにたくさんの武者が立てるようにも思えません。
ちなみにメンベとはうどんを打つ板のことなのだとか。

林道はいつの間にか終わり、沢に絡んで続く道が山肌に突き当たる場所から本格的な登山道が始まります。半分ほどは植林された杉の中、残り半分は平たい石が積み重なる斜面、ずっと急登が続きます。地図で見るとそんなに距離はないはずなのにへたれ筆者は途中で音を上げて杉林の途中で一度休憩してもらう。振り返ると荒船山が名の通り荒波に浮かぶ大船の形ですぐ後に黒く浮かびあがっています。
下山してくる幾組もの方々を待たせてふうふう息を吐き、ガレ場の石をからから落とし、もうどなたも上がって来ない時間で良かった、混んでいる時期なら迷惑千万に違いない登り方。途中何カ所かある茶色い標識は熊さんに齧られていて、餌になる実ができる樹木が少なそうなこの斜面、お腹が減って食べたのかもしれません。
同行おふたりにいくらか遅れて着くコルは四月に入ったとは思えない冷たい風が吹き上がり、左が西峰、右が物語山山頂、まばらな木立が正面真下に雪崩れて、ぽつんと標識がシルエットを描くなんとも気分のいい場所です。

まずは北側に岩肌を張り出した西峰への急な道を登ります。頂上967mからは妙義山の際立つ稜線、直下の集落、雪の残る神津牧場や隠山、浅間山は厚い雲に覆われて一瞬しか姿を見せてくれませんでしたが眺望抜群。どういう角度の魔法なのか風も全く当たらず、周りはまだごく小さな芽をつけた躑躅の灌木で囲まれて、花の時期なら華やかでいくらかロマンがあるような気もします。西に踏み跡が続いて先を展望台と呼ぶ古いガイドブックに気がついたのは残念、帰ってからでした。
コルに戻り物語山山頂へ。こちらも登り出しは急ですが、痩せ尾根を辿り雑木の間に道が緩やかになればすぐ三角点と標柱のある天辺。山神さまの石祠が少し離れてひとつあります。
ここからも鋭く尖る谷急山など裏妙義まで妙義の山稜が一望。反対側には昨夜の荒天で新たな雪をつけた毛無岩などが見え、まずはビールで乾杯、少し遅めのお昼にします。

○阿唱念の滝
炭焼き窯の丁寧な石積みを見たりロープに縋ったりして登路を駐車場のそばまで戻り、阿唱念の滝への標識に従って、左手に市ノ萱川を見下ろす枯葉の積もる山道へ入ります。

山の帰りにちょっとついでの滝見物、なんて軽い気分で歩き出したら大間違い。
右手からの沢に出会った場所に濡れた階段が現われ、ここから谷を詰めてゆくのですが、幾度も幾度も沢を渡り(きっちり固められて渡りやすくはあります)、コンクリートや木枠で作られた急な階段をいくつもいくつも登り(太腿と膝が辛いこと)、ケルンのような。あるいは賽の河原の石積みのようなものがたくさんある場所でやれ到着と喜べばまだ半分。滑りやすい流れの横を補助の針金を頼りに登り(筆者は帰路にここで大転倒 泣)、踝まで枯葉に埋まって道なき斜面をがさがさ登り(枯葉の下は石だらけ)、大岩をへつり(踏み跡は細い)、けれども泣き言をこぼしつつ歩いた甲斐はありました。

谷のどん詰まりは三方断崖に囲まれた如何にも霊場。大きな景色の中では心細く見える滝も、近寄れば落差12mよりもっとあるんじゃないかと思えるほど力強く落ちて、修行と言ってもこれに打たれればけっこう痛そう。見上げる断崖には小さなお不動さまが鎮座し、落ち口の下にも不動尊と石碑。滝に対面する岩屋の中には天保七(1836)年の銘を刻んだ大きな不動尊がきりりと立っていらして、雨風を除けられる場所なので少しも傷んでおらず、信州高遠の石工の力強い作品です。
岩屋は他にいくつかあってそのどれにも石碑があり、見事な文字が刻まれて、この一帯は天保の時代に空居上人が阿唱念山吉祥院瑞光寺を建立して大霊場にするべく力を入れた場所。空居上人、天皇のご落胤説もある真言宗の僧侶、高名な書家であったともいいます。
まだ冬枯れの色ですが緑に囲まれる季節や紅葉時期には見物する方が多いらしく、確かに一見の価値あり。
ヤシオの咲く頃のこの谷はニリンソウも咲き乱れて見事だそうです。

西上州の山の魅力は山の骨とでもいうべき風化の果ての岩と、その険しさを修行の場としてきた信仰の遺物。今回のコースはどちらも楽しめ、なんといっても長く恋うてきた名を征服した喜びで大満足でした。
桐生に帰る高速を下りれば夕空は茜に染まり、ちょうど浅間山の向こうに陽が沈んでたそがれどきの胸しめつけられる風景で、最後もまた物語山に相応しくなんだかリリカル&ノスタルジック(と柄にもなく)。
同行のおふたり、一日遊んでいただいてほんとにありがとうございました。

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沢は明るく美しい
滝への分岐看板
荒れた林道
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ナメを滑る水は速く
林道はけっこう長い
右・西峰とメンベ岩
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塔のように聳える岩
沢を渡って登山道へ
始まりから急登
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振り返れば荒船山
炭焼き窯が残る
稜線まで緩むことなく急斜面
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コル到着
まずは西峰へ
妙義一望
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雲の中には浅間山
あれが念願の物語山山頂
痩せ尾根を辿る
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山頂標柱と三角点
ひっそりと山神さま
阿唱念の滝へ
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石積みや石祠がある中間点
沢に沿って登る
道は枯葉に覆われている
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12mの断崖から滝が落ちる
大きな不動尊は凛々しい
滝の落ち口

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