山の紀行

花を見にいく

*この季節こんなにお天気は変調だったでしょうか。雨と快晴、夏日と肌寒い日が交互に続き、山の花も遅かったり例年より小さかったりと聞きます。
天気予報の雨が一日前にお日さまマークに変わったので、勇んで出かける鳴神山。ヤシオツツジもナルカミスミレもとうに終わり、カッコ草は名残りがあるかどうかのこの時期ですが、ひいらぎ草がそろそろいい頃。未だ完全自立にはほど遠いのでこつなぎさんにおつきあいいただいて、戦後桐生にいくらか住み、桐生で亡くなった坂口安吾の作品に「恋をしにいく」という作品があり、内容はともかくなんといっても題がいい、ちょうど見頃の花を訪ねて恋ならぬ「花を見にいく」一日です。

前日の雨で沢音は高く、高度を上げれば緑はまだ柔らかく、この水と浅緑の景色は一年で一番好きな爽やかさ、いくらか山歩きに慣れてきたのか登り出しの急登もいく度か繰り返す沢の徒渉も心愉しく、今回はこつなぎさんのいつも見事なカメラの技術を少しでも我がものにしようとの魂胆ですが、まず足元に開く小さな花にほとんど気づきません。被写体を見逃すようでは技術以前の問題で、ひとつひとつの花を教わりながらゆっくりと登ります。ツツジの時期やカッコ草の咲く週末は結構な人出だったらしく、道はしっかり踏まれていて前回積もっていた落ち葉もなく実に歩きいい。

イズクの滝を過ぎしばらく登ったところで、カッコ草保存会の方にお会いしました。今年はいつも以上に遠くからたくさんのひとがやって来たとかで、でも地元の方は案外少ないらしく、ひとは隣の芝生は美しく見えるもの、こんなに珍しい植物が豊富な山を持ちながらどこか遠くの山で桐生のひとは違う花を愛でているのでしょう。
カッコ草の花期が終わってから幾度も見回りにいらっしゃるそうで、精悍な隊長さんと隊員さんはこれからが大変。かつては当たり前にそこら中に咲いていた花を、ロープで囲って保存しなければならない状態にしてしまったのは残念です。保存会の方々の地道な長年の努力で残った花を、入って荒らしたり盗ったりするひとがいなくなりますように。特に撮影される方、根が細くて浅くて弱い花、その姿の美しさに思わず近寄りたい気持ちは判りますが、ずかずかと近づいて根を踏まないでほしいとおっしゃっていました。

そのカッコ草と並ぶ絶滅種のひいらぎ草はたぶん今日が最高の状態ではないかしら、斜面の上の方まで柔らかな緑の葉の上に花を擡げて満開です。水分と日陰を好む花なので生育地は限られていて、ここはぴったりの場所なのでしょう、こんなに群生しているのはほんとうに珍しいのだとか。木漏れ日が角度を変え、それに従って花穂の向きや色合いが微妙に変化するのを飽きずに眺めて溜息をつきます。下では野放図に枝を広げていたウツギもここではちんまりと形良く、沢の流れに映え、その花の白とひいらぎ草の紫が美しいコントラストを描き、時間を忘れて見入ります。

余りに長時間見ていたので、咲き残りのカッコ草を愛でながら峠に出ればさすが鳴神の名は伊達ではありません、遠く雷の音が。空も重たく灰色になってきたので今日は頂上は諦めて「勇気ある撤退」です。緑に山ツツジのオレンジが綺麗な場所でお昼。快い風に吹かれながら、こつなぎさんの谷川の花の話に聞き入ります。風に揺れる可憐な白い花を眺めます。花にも石祠や石仏にも興味がないまま、若い頃はいったい何を考えながら、何を見ながら山に登っていたのかと茫漠とした気分になります。

下りではまた陽射しが変わり花の群れはその表情を変えていて、再びゆったりと時間をかけながら沢音を楽しんで歩きました。帰り着けば撮った写真はなんと300を超え、夜は遅くまで雷が響く雨になりました。
下の写真、あえて花名は入れません。もし全部の花の名がたちどころにわかる方がいればあなたは凄い。

* * *
* * *
* * *
* * *
* * *
* * *
* * *

* 楚巒山楽会トップへ * やまの町 桐生トップへ

inserted by FC2 system