猫稲荷

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佐脇嵩之「百怪図鑑」猫又

代表幹事と何度か探しにきていつも曲がりくねった道で迷い、通りすがりの方にお聞きしても要領を得ず、まあ同じ市内、また来ればいいと毎回諦めていた猫稲荷。掲示板でご紹介した「桐生市ことがら事典」に詳しい記述がありました。

「昭和の初めまで、犬、猫が帰ってこないのを案じる願主が祈願し、成就すると礼参りをした。二月初午日に幟をたてて祭った。祀堂には猫や蛇の絵馬が奉納され…」「かつて近接の白髭神社境内の金比羅宮に詣でたついでに芸妓たちは必ず立ち寄ったといわれる」「桐生豊綱の四家老のひとり谷家の裏の金塚から移遷した」えとせとら。
けっこう有名な伊達地方・川俣町の猫稲荷だけではなく、東京赤坂の美喜井稲荷(ここの猫神さまは蛸がお嫌い)や日本橋稲荷町の三光稲荷、立川の蚕影神社(猫返し神社)にまで触れてあり、他の項目に比べてとても長いのは、ひょっとして執筆者の猫がこの神さまのお蔭でちゃんと帰ったことがあったのかもしれません。実はこの後偶然その執筆者とお会いするのですが、その顛末は後日「丸山再訪」の記事で。

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藤田嗣治「猫と芸者」

昔わが家の男猫がしばらく帰らなかったとき、猪子峠のお地蔵さまに願を掛けたら戻ったことがありましたが、そんな遠くまで行かなくても(まあその時は山のついでにお願いしたのですが)専門神が桐生市内にいらしたわけです。でも、地元といえど今回も全く見当違いの観音さまを探し当てたり、同じ線路を幾度も幾度も渡ったり、方向音痴にとっては山も町も常に迷宮、二日がかりの大捜索になりました。
蚕を食べにくる鼠除けとして猫を祀ったり、招き猫としての福神、あるいは江戸の昔から芸者さんを隠語で猫と称し、芸事上達や商売繁盛の神としても祀られ、おまけに行方不明の猫を探してくれるなんて素敵な神さまだけど、お会いするのに飼主そのものがこんなに迷うとはどうしたことでしょう。

右手に水道山、左手に吾妻山を眺めながら彷徨う住宅街。新しいお家と、古い三角屋根や、庭に梅や木蓮の大木があるかつてのお屋敷が混在する一角に、棕櫚や躑躅に囲まれて本格的な瓦屋根が少し崩れかけた小さなお堂をやっと発見!三段の石垣の上に木製のお堂が乗っていて、前には小さなお皿が供えられ、今のわが家の猫は遠くへは行かないので、ここは猫のことではなく筆者の芸事上達のため手を合わせ、早速中を拝見します。
小さな狐たちがこちらを向くその後にお札が二枚、左側にもう壊れてしまった絵馬の一部。捩れたような形の石があるのは蛇を象っているのかしら。絵馬に残る薄い絵ももう蛇か猫か判別できないほど薄れています。
ようやく見つけた猫稲荷、何枚も写真を撮ってちょっと感慨に耽り、図々しくも奥のお宅へお伺いして、世が世なら城代家老のお嬢様、品のいいご婦人にかつてこのお稲荷さまが紹介された雑誌や新聞の切り抜きを見せていただきました。

筆者よりいくらか年上のその方は、もちろん芸妓さんたちがお詣りした華やかさはご存知ありませんでしたが、行方不明の飼い猫のために願を掛けるひとが多かった頃は知ってらして、でももう今では忘れ去られたのかほとんど来るひとはいないとのこと。部屋飼いの猫が増えた、あるいは猫が賢くなって家を忘れなくなったからでしょうか。
町の歴史の詰まった小さな神さま、ずっとここに鎮座なさっていますように。

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常緑樹に囲まれてひっそりと 中には狐とお札 捜索中に見つけた菩薩像


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