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*山を歩くのが、とりわけ道のないような薮山を歩くのがどうしてこんなに面白いのかと時々考えます。そんなに頻繁に歩いているわけでもなく、歩く度にそんなことを考えているわけはないので、ほんとうにごくたまにですが。
急な崩れやすい斜面に取りついて、もう入ってしまったら高い方をめざしてただただ歩くしかない、登ったら登ったでひたすら降りなきゃいけない。まあ山はみんなそうなのですが、道がないので同じところを戻ることはないわけで、全身汗だらけになりながら、なかなか着かない天辺へはあはあひいひい薮をかき分けるのがなんだか好きなのだと言うしかありません。
もっとも相変わらず地図もGPSもただ持っているというだけで一度も見ないまま、蛇も蜂も熊もでませんようにと祈りながら、今回はハイトスさんご夫婦と桐生みどりさんにお世話になって、皆沢の奥から野峰へと。

●花木峠から
前夜の雨はすっかり上がり、皆沢の庚申橋から林道を進めば大きな水たまりがたくさんできていて濁った水では深さが判らない、後部座席ではらはらしても役には立ちませんがハイトスさんの運転は確か。けっこうなスピードで奥へと進みます。少し開けた分岐に駐車して、まずは滝を見ながら、道は崩落しているので石を辿って沢の左岸へ渡ります。

下ってからお聞きしたのですがこの峠は「カギへ行く道」と呼ばれていて、うんと昔は山のあちら側の黒沢集落から馬でお味噌を売りに来たのだとか。当時はいくらか峠道らしかったのでしょうが、今や馬はもちろん驢馬だってアルマジロだって困惑するほど踏み跡は心細い。しかもすぐ上に稜線が見えてそれはそれは急登です。
部分的には手も使っての四足歩行。まあ筆者だけではありますが。

一本にたくさんの小さな白い花をつけた草花があちこちに群生していて、筆竜胆です、なんて説明したのにこれはどうやらせんぶりの花だったのかもしれません。写真が全てピンぼけでその可憐さがお見せできないのが残念。

ひと汗かいて辿り着く峠は広く開けていて、右手は多高山へ続くのでしょうくっきりした稜線の道、左手にはこれから歩く野峰方向がガスを纏って、まずは小休止。振り返れば急落の斜面の向こうに今日下る予定の稜線がやはりガスに巻かれています。いつもは他の登山者がいる山道を歩いているおKさんが思い切ってお付き合い下さってるのですから少しは晴れてほしいけれど、それでも薄い曇り空の静かな峠はなかなか風情があります。

右手に檜の林を見ながら稜線を進み、雑木林に入ってアップダウンを繰り返します。いやそのけっこう急なこと。
とりわけ等高線の詰まったピークに古ぼけた石祠があり、これは鍋岩山神と呼ばれているそうで、大きな岩塊をよじ登ります。鎖が設置されていますがずいぶん古錆びていて、これだけを頼りにしては危なそう。先行する方の足の置き場をじっくり拝見しながら見様見真似で上がれば、うふふ、ちょっと達成感あり。
下ってお話をお聞きすれば、ここは年に一度お祭りがあったそうで、皆沢の方は野峰から稜線を下ってお供えを持って行ったらしい。今ではすっかり風化して台座の石も脆そうなのに地震にめげず、神さまえらい。

●野峰へ
稜線の道というより薄い踏み跡を再びじりじりと高度を上げます。いくつかあるピーク、見た目にはそんなに急には見えないのですが、足が悲鳴を上げる。次が野峰かしら、野峰はまだかしら。
今回筆者は新しいザックの初背負い。お店のひとに大き過ぎますと言われながら決めたもので、そんなに詰め込んではいないのに常にも増して重く感じます。既にいい色になり始めた紅葉を愛でながらひと息、ガスに巻かれる大樹を見上げてひと息、天辺に埋め込まれた「山」標識の趣がいいと誉めてはひと息、ってこれではなかなか着きません。

斜面に熊笹が混じり出すとときどき陽も射しはじめ、黄色やオレンジの木の葉が舞い落ちて、深呼吸すれば土の匂いにちょっと焦げたような枯葉の香りが混じり、秋の山のいい匂い。そしてヤマボウシの丸い実を初めて見ました。食べるとほの甘いゼリーのような食感ですが種が多いので、ぺぺぺぺとお行儀が悪い。

なかなか上がらない足を騙し賺してもうひと頑張りでぽつんと看板の立つ頂上到着。へたりこんでまず一服。木立を透かして大きな男体山が雲の上にうっすらと見え、手前の山並みがときどき黒く現われますが、もし晴天でも見えるのはこの方向だけだそうで、余り展望のいい山頂ではないようです。
三角点が枯葉の中にひっそりあって日曜日とはいえやはり登山者はわたし達だけ、静かです。多分予定より遅い昼食の大休止。頂いた柿の美味しいこと。

●稜線を下る
南峰の山神さまに手を合わせて、しっかりした道を下ります。ふるさとセンターからの登山道で、この道のうんと下で昨年の夏に蛇に出会い逃げ帰ったのでした。今日は何にも出会わないと安心していたら、おKさんが熊が唸ってると仰る。え〜、熊はひとの気配がしたら逃げるんですよー、と言いつつ先達たちにお聞きすれば、警戒音を出す熊もいるのだとか。そう聞くとさっきまで煩かった鈴の音が急に頼りになります。確かにいくつか糞も見たし。

両斜面にはガスが立ちこめ、幻想的な景色の中に野外センターの方がつけたのか赤いテープや看板があり、登ってきたルートより歩きやすい緩やかな稜線をしばらく楽しみます。
地図上では927mの標準点のあたりに林道終点へ向かう谷沿いの破線がありますが、一度下ったハイトスさんがこれは絶対にお薦めできないとのこと。それはそれはひどい下りだそうです。
登山道と別れて花木峠のちょうど向かい側の山稜へ。どなたがつけたのか木立に赤いペイントが次々に現われてなかなか歩きやすい広い尾根。

と安心していたらだんだん急斜面を下るようになります。この季節なので薮をかき分けることはありませんが、張り出した木の根はけっこう滑るし、手頃な雑木も少なくて、すぐ下の杉まで思い切って足を踏み出す繰り返し。下りなのに大汗をかきました。
やっと林道が下に見えて来て自分の腕を舐めてみるとざらざらと塩辛い。
ほんとになんでこれが面白いのか自分でもやっぱりよく判りません。

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林道出合がスタート
のっけから道が落ちている
雨上がりの滝
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見上げる花木峠
峠から野峰へ
紅葉が始まっている
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鍋岩山神へよじ登る
稜線は細い
笹の林床をゆく
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野峰三角点
1009m
雲の中に男体山
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ガスの稜線を下る
朽ちた看板
木にペンキが鮮やかに

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