仮称・六本松

*山の名前を聞いて歩いていると、その山との距離や方角でさまざまな名を聞かされて、さて山頂の名前が正式に決まるのはどういう方法でなのか不思議に感じます。特に里山ともなればほんとに聞く方によってそれぞれで、そのくせ沢の名はみなさんほぼ同じ。沢は木材・石材の搬出路であり、植林作業の道、薪取りや山菜採り、あるいは峠を越えての交通路といった生活の道でもあったので名の共通性が必要だったけれど、山の頂きは生活にはあまり関係がなく、皆で呼び交すことがなかったのだとお聞きしました。
新潟のある山は戦前の話ではありますが、学術登山の案内をした山の持主が名を教えたにも関わらず、全く勝手に命名した字面のいい名を雑誌に発表され、登山家の間でそれが定着して、学問とは、あるいは近代とはなんと乱暴なものかと嘆いたという話もあります。

で、この山、麓の何人もの方から六本松と呼んでいるとお聞きして、そのうち八幡神社から歩いてみようと思っていたら、手前の籾谷沢の作業道に重機が入り薮がなくなったのでそちらからトライ。仙人岳から仙ガ沢(前仙人)を通り観音山まで続く長い稜線と桐生川の間、ローカルな上にもローカルですが、女子高の橋を渡り北へ向かうと道の先に塞がるように見える小さな山です。
【代表幹事は仮称・八幡山としてご紹介していますが、そんな風には誰も呼ばないとお聞きしました。にしても六本松も仮称です】

キャタピラの跡が新しい作業道は二手に別れ、北側の支沢に沿って杉の枯れ枝、厚い枯葉を踏んで進むとすぐに道は終わります。ここから左手の尾根に取り付き、そのまま尾根を進みます。細い雑木の間を小枝を避けながらぱしぱし登れば右手に雨降山が黒々と見えて、うふふ、久々のひとり歩き、ちょっと冒険気分で急登も快感。木を手がかりにわしわし登れば尾根は緩やかに左にカーブを描き、小石混じりの斜面、道はまったくありませんがこの季節ならではの歩きやすさで、高みを目指して軽く汗ばめば仙ガ沢への踏み跡へぽんと出ます。

際立った高みはなく、細い木がみっちり生えたぺとんとした山頂、少し木をかき分けてうろうろしてみましたが、石祠のたぐいはありません。八幡神社へ急勾配で下る道のあたりがきっと最高点、眼下はもう桐生川で川の向こうの梅田の集落がちらちら見えるだけのそれはそれは地味な山頂です。
仙ガ沢の先から八幡神社へ下る最後のピークで、今は枯れきった雑木の山肌に松の木が3本ほど緑を茂らせています。戦前は頂上付近にはもっと松が多く十本松と呼ばれていて、そのうちに六本松になったとかで、それからも松食い虫が食い荒らしているのでまた名が変わるのかしら。朽ちきって白く変色した松の幹に昔の面影を偲びます。

さてお天気もいいし気分もいいので、思い切ってここから踏み跡を東南397mのピークへ辿ってみる。様子のいい緩やかな尾根を進めば所々に赤テープがあり、この道けっこう歩くひとがいるのかも、と浮かれていたら次の小ピークで踏み跡は心細くなります。左手の細い植林地が切れて尾根が急峻になるあたりからはもう、道は深い枯葉で覆われて全く見えなくなり、けれども空は青いし風もない冬の上天気、行手にはっきり見える高まりまで一心不乱に前進です。
斜面に大きな石がごろごろしている場所を過ぎればすぐピーク。樹間に吾妻山や天神町の家並みが霞みますが、ここも際立った眺望はありません。向いの鳴神山脈も小枝が邪魔ではっきりしない。

来た道を戻り次はNHKの鉄塔のある山頂へ。尾根の分岐に印があったのに少し急だったので先へ進んでしまい、谷の浅い辺りをがさがさ下って隣の尾根へ移ります。せっかくのGPS、まだ上手く使いこなせない。どうも機械より自分の感覚に重きを置いてしまうあたり、しかもその感覚たるやちっとも信用できないものなのに、まるで初めて時計を持った原始人のようです。
この尾根にも雑木の中に薄い踏み跡があり、笹混じりのそれを辿れば枝茫々の向こうに鉄塔が見えて来ます。右手の奥には寒そうな雲を纏った、あれは野峰かしら、根本かしら。梅田の奥の家並が思ったよりぎっしりと立ち並んでいて、両側から迫る山襞が幾重にも重なります。

踏み跡はNHKの巡回路に合わさり、これは立派な道。行手にどんと鉄塔が聳え、この頃代行は鉄塔マニアになりつつあるので何枚も写真を撮ります。
けれども下で色々教えてくださったおじさま連にこの鉄塔は評判が悪い。このピーク、その方たちは昔は「うたさん山」と呼んでいたそうで、この塔ができるまではもっと形のいい山だった、「うたさん」もあんな重いものを乗せられて低くなった、などとおっしゃる。但しこの山、他に違う名前で呼んでいる方もいて、まだ名前は特定できません。

木が伐り払われた塔のあたりは風が強く、その分真正面の大形山がくっきり見えて、うわ、ほんとに金沢峠への下りはがっくりと急なこと!北側には高戸山が複雑な形で稜線を際立たせています。
塔を一周して寒さに震えながら巡回路を下ります。山肌をゆるやかに巻く道はしっかりとはしていますが、所々で階段が崩れた個所もあり、北斜面なので厚く凍ったままの場所もあり、そういえば「うたさん山」と呼ぶおじさま達はこの道も あんな遠回り なんて言って嫌っていました。真冬でなければ歩きやすそうなのに。
梅田の奥の眺めを楽しみながら下れば、道は植林地を抜け、落葉が厚い木橋を越え、舗装道へ。

今回は自宅から徒歩なので、神社や観音堂にお寄りした後川の向こうへ大回りして、ゆっくり歩けば空はだんだん焼けてきて、冬の日の午後、長い散歩も楽しいものです。

* * *
* * *
* * *
* * *
* * *

* 楚巒山楽会トップへ * やまの町 桐生トップへ

inserted by FC2 system