巡礼擬(秩父3)

所用で東京に出た翌日、うちの会長と秩父鉄道を使って昨年から始めた秩父札所巡りの続きなどしよう、23、24、25あたりがいいかもね、とまずは三峰口への特急内で待ち合わせることに。今年の観音さまたちは12年に一度の御開帳の年に当たり、秩父の花の春はいつもの年より楽しみが増えています。
ところがわが楚巒山楽会の会是はちゃらんぽらんと付け刃。やはり神仏よりも山歩きが大事じゃないか、この地方には珍しい独立峰の蓑山を目指し、その後ぐるっと山麓を歩いて一番札所にでも寄ってみるのはどうだろう、と電車の中で行き先の変更を決定します。

”桜並木のまだ美しい長瀞を過ぎて皆野で下車すれば蓑山は目の前に大きな広がりを見せて聳えています。ここの山頂一帯は美の山公園として整備され、8.000本を超える桜が植えられて舗装道が南北に頂上直下を通り、筆者は昔々代表幹事と来て駐車場から少し歩いただけで疲れた覚えがあって、まさか麓から登る日が来ようとは思ってもみませんでした。
食料を買い込み彩甲斐街道を渡って、丁石が残る蓑神社への参拝道を辿ります。民家や別荘が点在する道は鋪装されていて、散り終わりの桜が花びらを敷く道脇にはマムシ草がやたら目立ち菫が咲いて、会長はヒトリシズカを見つけて歓声を上げていますが立ち止まると後に倒れてしまいそうな急登です。
建物がようやく尽きると舗装道も終わり、新緑の間に時々覗く両神山や二子山を眺めながら暫く山道を登ってゆくと満開の山桜と真っ白な辛夷が美しい分岐に出ます。ここまで前後していた上州弁の大パーティをここで急登だという蓑山頂上へと見送り、暫くベンチで花と煙と果物を楽しんだ(ここで会長は素手で林檎を割るという見かけによらない膂力を発揮)後は、大きな杉の木立の間を緩やかに抜けて蓑神社へと。

この神社は、神話の時代に知知夫彦命が長雨が晴れることを祈って登った際、松の木に蓑を掛けたことから山名が蓑山と呼ばれることになったそうで、時代がずっと下って畠山重能が知知夫彦命の業績を称えて建てたといわれ、新旧の燈籠が何基もある段の不揃いな長い階段はかなり古そうです。畠山氏は平安時代の皆野の武将で、修験者が始めた秩父札所巡りの大きなスポンサーであったと考えられており、重能は平家物語では平家の郎党、息子重忠は頼朝へ忠義を尽したひと。そうやってバランスを保ちながら家を守り、この地方でずっと主要な役割を果たし続けてきたのでしょう。
息を上げて登り着くその小さな神殿はひどく痩せた狛狼に守られていて、この子ったら背中には貝殻骨どころか肋骨までが浮いています。狼にお賽銭を上げた方々はひょっとしたらダイエットを祈ったのかもしれないな…。

ここからも急登を避け、緩やな道で稜線の公園を目指します。一斉に開けばどんなに見事だろうと思える桜の園にはもう蕊が残るだけの桜、蕾を膨らませる桜、今満開を迎える桜ととりどりで、親鼻駅からの登山道と合わさるここからはハイキングの方が一杯でとても賑やかになります。左右に盆地を囲む秩父の山稜が眺められ、色の濃い満開の桜のそばには重たそうなカメラを構えたひともたくさん。特に東側の尾根は緩やかに目の高さに伸びて、裾のゴルフ場や植林の黒ずんだ色と仄かな緑を帯びる雑木帯がパッチワークになってなんだか可愛い。西は幾重にも山影が重なり目を凝らせば沢筋が白い山が遠くに長々と霞みます。
三角点のある頂上は駐車場からごく近く、桜の樹の下にも、広がる芝地の中にもお弁当を広げる家族連れや老若のカップルが溢れているので、展望台で雲取や雁坂、武甲や和名倉や両神、ふたりそれぞれ歩いた山の名を数え上げ、会長が金子兜太の父上の立像に俳句の上達を祈っただけで早々に二十三夜寺への下り道を探しました。

道標を頼りに辿る山道は蛇行する車道を何度か渡って、最初は踏み跡が交錯する草っぽい乾いた道で少々迷いましたがそのうち新緑の斜面を急降下し、ときどき上がってくる方と挨拶を交わしながら、道脇の菫の種類の多さやちんまりと咲く白いハコベ(?)などを楽しみます。しっかりと踏まれた道は一度傾斜を緩めて小さな集落を過り、どのお庭にもふんだんに咲く花々を愛でながらしばし舗装道を進めば、さっきまで優美だった東側の山並はもうけっこう高くて険しそう。
集落の途切れる場所で左に下れば道は沢沿いになって、途中イカリソウの群生地ではもう重そうに碇を下ろすうす紅の花がぽつんと開いていたりコゴミが産毛を光らせて群生していたり。春は一気に盛んです。

沢筋を離れてからは道は大きくアップダウンを繰り返し小尾根を越えて明るい杉林を進みます。竹林を抜け、木枠の階段や紫がかったピンクのミツバツツジが見えてくれば二十三夜寺(医王寺)の裏手。
門前の満開の桜に、押さえの効いた渋い赤の屋根や天井が映える二十三夜寺の本堂は唐風の色鮮やかな彫刻が施され、ご本尊は観音ではなく菩薩さまで、三十四観音札所とは別の秩父十三仏巡りの霊場で、二十三日は縁日と聞きますが、この土曜日は静かに静かに桜が降る静謐のお寺でした。
その花びらと小鳥の求愛の声の中でベンチに座って買いこんだお弁当を広げて遅いお昼。
山のこと、言葉のこと、これからのこと、昔のこと、あれこれお喋りしながら大休止の後はもう一度小尾根を登り返し杉林の陰翳の中を抜けて、緑の柔らかな山里の小径を歩きます。眼下には小さな田畑が広がり向いの山肌の桜は白く揺らめき小さなお堂をいくつか覗かせて、だんだん人家が増えてくると、桃、花厨王、桜、山吹、木苺、木瓜、三葉躑躅に木蓮、辛夷、蒲公英、ムスカリ、金鳳花、姫踊子草etc.。「花野」って秋の季語なんですが、野にも庭にも色様々に花が溢れて、この春の野を何と呼んだらいいのやら。

バス通りに下り着けば、陽射しの中に蓬の葉は香り高く、いいタイミングでバスがやって来て、思ったより歩いた当会一同はすっかり満足して帰途につきました。桐生までの電車で見るのは痩せた狼が花を銜えて山走る夢、うおお〜ん。
あっ、結局札所にはひとつもお寄りしなかったじゃないか!早々にまた秩父に伺わなければ。

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丁石を追って登る
神社と頂上への分岐
長い階段の上に蓑神社
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こんなに痩せて
杉林の中を稜線の公園へ
雲取山方面
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両神山は春に霞む
山道を下る
標識は要所要所に設置されてる
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道は明るい
コゴミが群生
彩色が施されている龍と獅子
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桜の並木と二十三夜寺山門
いかにも里山
バス通りに案内板

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