うかうか記7

あかね


某月某日 赤城神社元宮―赤城の神は女神さま

〈十七代履中天皇の御代、上野国の国司に三人姉妹がいた。それぞれ預けられていた地にちなみ、淵名姫(佐波郡)・赤城姫(前橋大室)・伊香保姫(伊香保)と呼ばれる。色々な経緯のあげく継母一族に攻められ、長女淵名姫は利根川に沈められ、次女は赤城山へ逃げる。追っ手がかかるが大沼の竜宮城にいた唵佐羅摩女(赤城沼の龍神)に導かれ、その跡を継いで赤城大明神となる。都にいた父は知らせを受けて長女の死んだ場所で入水する。
それを知った三姉妹の兄が上野国の国司として軍勢を率いて継母一族を攻め滅ぼし、長女と父のために淵名明神の社を建て、大沼にやってくると、長女と次女をそれぞれ左右の羽に乗せた鴨がいる。二人は兄と再会してから姿を消し、鴨はそのまま小鳥ヶ島になる。小沼には神となった父もいて、兄はふたつの沼に社を建てた。小沼のそばに三日間滞在したのでそこは三夜沢と呼ばれるようになった〉

というのが室町時代にできた「神道集」というfiction集に載っている赤城の神についてのお話の要約。赤城大明神とはこの大沼・小沼の神に、別のお話をもつ覚満淵の神を加えた三人の総称で、三所明神ともいう。ちなみに末娘は預かっていた伊香保氏が守りきっている。もひとつちなみに長女を祀った社は伊勢崎の大国神社とされているらしい。

小鳥ヶ島を鴨が変身したと見るには鳥瞰する視点が必要だから、室町期には大沼の周りの山にはけっこう登る人がいたということだろう。
去年から目指していて、ようやっと着いた島は長いコンクリート造りの橋で渡り、岸辺もコンクリートで固めてある。しかも神社は平成18年に千二百年祭で新しくなり、鳥居や柱の朱の鮮やかさが、本殿や社務所の現代的な材質に相俟って、いまひとつ情緒に欠ける。志賀直哉の文学碑までなんだか上っ調子に思えるのは、そばにある樹木や多宝塔の古色蒼然とした姿と対比してしまうからだろう。勿論、灯籠も新しくちょっと期待していた天の邪鬼はいないし、本殿の後戸の神さまの石祠もひとつも見つからず残念。

神さまの古さの見分け方として、上から下へというのがある。世界共通でまずは太陽信仰があり、それから高い山や峰への高所信仰、これに死者への信仰も含まれてゆく。そして、その山の分身としての大きな岩・石。次に山との境である森林や樹木への信仰。漁撈や狩猟をもとに共同社会が発達すると性にまつわる神への信仰が現われ、海辺や水辺での生活現場では自然信仰としてあった海の神や水の神が水稲の広がりとともに内陸部に入り込んでくる。水稲は耕地面積に比して養える人数が多く、狭い場所にたくさんの人が暮らせるようになると社会は複雑化し、神さまも集落の側や神社に鎮座するようになる、という流れ。赤城姫に跡を譲った龍神も山の水神なので実はそんなに古くはないのではないか、それより先に久呂保嶺の神がいたのではないかと思っている。
中国天台山系に道教の山赤城山があり、新羅にもその赤城山に肖り赤城山と名づけられた山があったらしい。南麓の古墳群からの出土品に大陸の影響がたくさんあることや、この南麓で長く栄えた上毛野氏の系列に文字に関わる朝廷での重職を務めた帰化氏族がいることなどを思えば、この山域が赤城山と呼ばれるのは6世紀あたりからではないだろうか。

まあ中世にできたfictionで古代を考えてもしかたがないのだけど、さすが八百万の神だけあって神道は性別にこだわらず、天照大神をはじめ女神さまは男神さまと同数くらいいる。赤城姫の前の大沼の神さまも唵佐羅摩女(おんさらまにょ)、水を盗むため男体山と戦い、榛名山と戦った勇ましい女神。仏教のように女性を不浄だなどと誹謗中傷したりはしないあたり、神にまつわる古い話はなんとなくおおらかで、求道とか修行とか言わないぶん懐は深い。

夫とそんなことをぽつぽつと話している時間がとても好きだった。とりわけ風に吹かれながら遠い時代に心を飛ばしたり、道を歩きながらそこを踏んだに違いない無数の色んな時代の人間を想像して、ああでもないこうでもないと喋る山での時間が好きだった。そんなことを思いながら黙ってひとりで歩く時、赤城の神が女神であることはなんとなく心強い。天の邪鬼のわたしでもそんなにひどい目にあうことなく、気侭に遊ばせてくれるような気がする。
とりあえずの目的地に着いて、ひとりで歩くのが怖かったはずの山が今ではあまり怖くなくなったことに驚く。考えてみれば神さまだって人が作り出した妖かしの一種かもしれないのだから、妖かしのたぐいにもし逢えたらそれもいいような気分、妖かしになっちゃっても別にかまわないような気分で残りの時間、できるだけ歩いてみたいと思っている。

山行けば鬼になりゆく愛恋の矢の如き熱雷(いかづち)となる

というわけで「うかうか記」終わります。
天の邪鬼はまだまだ採取中。いいのがいたら教えてください。
(了)

おまけ:桐生のお寺の天の邪鬼

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