谷倉山

*本年最初の山は栃木百名山のひとつだという谷倉山。何日も吹き荒れていた風が少しおさまって空はぽかんと青い冬の里山日和です。高速道が出来てから所要時間がずいぶん短縮されたという節分草で名高い星野町へと。あにねこさんのご厚意で9時にわが家出発も嬉しい。

星野遺跡バス停そばに到着して人家の後ろに眺める谷倉山はのとんとした優しげな曲線を描いて、永野川対岸に迫り出す三峰山の急峻な稜線と比べればいかにも里山の風情で、天辺の鉄塔が特徴です。
左の沢沿いの杉の香りが清々しい林道を少し進むと分岐になり石のしるべがいくつか、中のひとつには左粕尾道、右谷倉道とあります。その粕尾道方向に入ってすぐの地層探検館を探検しましょう。陽が燦々と当たる建物の中では13層にも及ぶ文化層が断面として観察でき、石の鏃などが少量ですが展示されています。この施設は星野遺跡を発見した方が私費を投じて造られたそうで、岩宿遺跡もそうですが石器時代に関する在野の研究家の熱意には頭が下がります。
今回は筆者としては珍しく山行前日に下調べしていて、谷倉山は高度のわりに複雑なたくさんの尾根を持ち明るく開けたいくつもの谷に縄文時代の遺跡や貝塚が遺っていることや、南北朝の頃には粕尾城へ続く道があったことなど喋って、別に筆者が偉いわけでもないのにえへんぷい(うるさい奴め)。

探検館を後にし、その粕尾城へ夫を追ったときに落命したとも、粕尾城落城で落ち延びる途中の落命ともいわれる小山芳姫の墓を目指して、新しそうな「→570m」の看板に従って山道へ入ります。
けれどもそれまでの道とは打って変わってお墓への道は大荒れ。昨年春先の大雪のせいでしょう、杉の倒木が道に次々と横たわり、桐生もそうですが山の多い地方自治体はとても全ての山道の整備など無理だと思う。道が沢筋を辿るようになるともう周り中細い杉の倒木に埋め尽くされ通行不能。歩きやすそうな斜面を選んで右に左に這い上がり、ずり下りして進みますがもちろん斜面も倒木だらけで、跨いだり潜ったり踏みつけたりお尻を落として乗り越えたり。標識はたくさんあって、徐々にその距離は縮まるとはいえ暫くは艱難辛苦が続きます。たっぷり汗をかき進んでいる途中で、けっこう楽々と降りてくるハイカーさんと、犬連れの散歩(?)の方、おふたりとすれ違いましたが、もし着物姿で草蛙履きなら筆者はとうに諦めて追手に捕まった方が楽、とか言いそうです。

高度が上がると少し倒木が少なくなって沢から離れ、右手の小暗い植林地を急登した斜面にちんまりと芳姫の墓はありました。もう壊れてしまった石燈籠二基の後ろに鎖に囲まれて、小さな五角形のお墓の前には鮮やかな色の造花が飾られ、供えられたばかりのような瑞々しい色の蜜柑やお茶、ちょうど日光がそこにだけ明るく射してなかなか風情のある景観です。お墓は伝説に基づいて江戸時代に建てられたそうですが、供とはぐれて山中をさ迷う中世の姫の哀れさはこの平成の時代でも共感できます。筆者ひとりではとてもここに立つことは無理ですもの。
しばらく休憩して来た道をほんの少し戻り、「↑谷倉山」の標識に従って真直ぐ上へと登ります。犬連れの方にすごく急ですよと脅かされましたが、倒木を越えてきた道を思えばなんのその、余り踏まれていない稜線をひたすら空へ向かいます。足元は乾いて崩れやすい土、手がかりにするには太すぎるし間遠すぎる杉の植林地で、相変わらず騒がしく汗みずくになりながらもなんとか尾根に登り着きました。

稜線は広々とよく踏まれていて風もほとんど当たらず実に快適。枯葉を踏んでゆったりと雑木の中を東へと進みます。木立を透かせてすぐ右に三峰山が黒々と近い他はほとんど展望はありませんが、空は真青で明るい道は晴れ晴れと喜ばしい。振り返れば歩いて来た緩やかな傾斜に尾根は柔らかなカーブを描いて続き、遠くに霞むのは日光手前の山並かしら。葉が落ちきった冬の里山らしい長閑さで、こういう気持ちのいい尾根にもっともっと楽に登れる方法はないものか。
段々周りが笹の林床になって、進行方向の樹木の中に鉄塔の光が見えたらすぐに平らに切り開かれた広い頂上です。真ん真ん中に三角点、谷倉山599.4mの山頂看板が二つあってまずは写真を。けれどもフェンスに囲まれた鉄塔と、やはりフェンスのあるアンテナ施設が入ってちょっと興醒めの気がしないでもありません。
北側に電柱設置用のしっかりした道を少し辿ると日光方面に視界が開ける場所があり、男体山や太郎山、女峰山が白く化粧しているのを楽しんだら再び山頂の方に戻って陽だまりを選んでお昼にしましょう。うどんを煮るバーナーの力強い音がなんと心地よい響きでしょう!お腹ぺこぺこでござる〜。

どなたも来ない静かな天辺で長々と休んだ後は尾根を南へ下ります。杉林の中を直線に足に任せて調子良く下るのも面白い。一本模様の深い轍がずっと続くのは山バイクか自転車でしょうか。よく転ばないものだと感心します。
493mの小ピークを越えてからは周りには雑木が目立ち始め、尾根は西へと曲がります。木立の切れるところからはもう遠くに谷倉山がなかなか大きな山容を見せ、登りのしんどさに比べれば下りはなんとあっけないことよ。なんて思っていたらこのあたりから薮っぽくなり、尾根筋は曖昧で道というより踏み跡に変ります。自分が地図上のどのあたりにいるのか見当がつかないし、落葉が少ないとどれも踏み跡に見えて、こりゃひとりじゃ絶対迷いそう。低い山でもこういう場所の進路が難しく、筆者の方向感覚ではなかなか一人では踏み込めません。やはり昔の姫は偉かったんだわ。

あにねこさんに遅れないよう足を速めれば梵天山見晴台との標識が。それに従って小尾根を曲がれば松の大木がある狭い場所に出ますが、はてここが梵天山なのかしら、それともここから見える三峰山のどれかのピークが梵天山なのか。いまいち判らない展望のない展望台でございました。看板はまだ新しそうなのに道がはっきりしないのが勿体ない。
少し下ると作業道に合流。この落葉の深い作業道を辿ると、もう見捨てられたような寂しいキャンプ場へ着きます。笹が綺麗に刈ってあるので夏になれば賑わうのかもしれませんが、季節外れのキャンプ場は深々として山影なのでひんやり冷え込んでいます。小さな沢を石伝いに渉り急な斜面をよじ登って林道へ出ました。もっとちゃんとした道があっても良さそうな気がするなあ。
砂利の林道は出発のときの石標へと続き、いかにも山里らしい畑や人家を左手に眺めながら駐車してあるバス停へ戻ります。住んでいるところだって十二分に山里なのに、山行で出かける度にこうやって感じ入るのはいかがなものかとも思うのですが。

桐生への帰途、頬に吹き出した塩分を太平山そばの四季彩の湯で流し(300円!綺麗なお風呂です)、安蘇山塊が関東平野に溶け込む低い山並の連なりの向こうに暗いオレンジ色の太陽がぷるぷる震えながら落ちてゆくのを見ました。栃木市の夕陽はなんでこんなに大きいのだろう!
今年の幸先のいい、楽しい山の一日でした。

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林道の分岐にある石しるべ
地層が一目瞭然
設置の看板はけっこう新しいのだが
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倒木の斜面をがむしゃらに
こんな可愛い標識も 芳姫の墓
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急登です ここを登ってきたのです 尾根道は実に素敵
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谷倉山三角点
山頂標識
北側ピークから日光の山々
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下り道は一直線
三峰山が見える 谷倉山は実は大きな山です
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踏み跡を辿る下り
作業道に合流 星野の集落から谷倉山全容

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