帝釈山・西根川本谷

増田 宏

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西根川概念図

 栃木・福島県境を画す帝釈山脈の名は帝釈山に由来する。帝釈山が山域の中央部に位置していることから帝釈の名が山域名として採用された。帝釈山脈は平坦で森林に覆われた山々が連なり、個性的な山に乏しい。この傾向は特に山脈西部で顕著であり、遠望すると殆ど個々の山を判別することができない。帝釈山(2060b)は深田クラブの「日本二百名山」に選定されているが、緩やかに連なる山脈の一突起に過ぎない。むしろこの山よりも隣接する田代山(1971b)こそ名山の名に値する。田代山は広大な山頂湿原を有する個性的な山容であり、田代山を含めて二百名山に列せられたと考えるべきだろう。帝釈山の名は帝釈天を祀ったことに由来すると推測されるが、山頂に帝釈天は祀られていない。「新編会津風土記」には「頂上ニ大ナル岩アリ、土人駒神堂権現ト称シ、年々参詣シテ隕霜五稼ヲ害スルコト無カラン祈誓ス、山中ニツカ・黒檜・サハラノ木多シ」と記されている。頂上に大岩はなく、山麓の集落によって山頂付近の大岩に帝釈天が祀られていたのだろう。田代山については「山中ニ広キ原アリ、其中ニ田畝ノ遺形アリト云」ト記されている。
 私は帝釈山に過去2回訪れている。いずれも猿倉登山口から田代山を経て山頂を往復した。今回、妻を伴い帝釈山に源を発し北流する西根川本谷を遡行して頂に立った。木賊温泉奥の川衣集落を過ぎた橋の先に遮断器があり、西根川は林道歩きが長いのが難点である。細木沢出合まで車の通行が可能なので遮断器がなければここまで入れるのだが。この先で林道は山腹沿いに細木沢上流に向かっている。途中で誤りに気付き、林道を戻って本流沿いの旧林道跡に入ったが、藪に覆われて歩き難いのですぐ沢に下りた。ヌマゴヤ沢を過ぎ、支流を左岸から合わせると岩床が続くようになる。左岸から支流を合わせるとまもなく垂直の8b滝が現れた。過去の記録ではアブミを使って岩壁を直登しているが、私たちは右岸(左側)を高巻いた。両岸とも草付で悪そうに見えるが、意外に容易で小さく高巻くことができた。この先は花崗岩のナメ滝が連続し、爽快である。
 5b滝を左から小さく巻くと両岸が狭まって廊下状になる。右から滝が落ちており、水量が多いのでこれが本流と思ったが過去の記録では左が本流になっている。地形図を確認して左に入ったが、水量は明らかに右の方が多い。5b滝を越え、さらに流木の掛かった5b滝を左から巻きぎみに越えるとその先に12bチムニー滝が行く手を遮っている。両岸が岩壁の見事な滝であるが、中間に大きな流木が掛かって景観を損ねている。ザイルを出して水流右の岩場を登り、流木に中間支点を取って上部は流水沿いに直登した。この流木がなければ中間支点が取れないので直登を躊躇しただろう。高巻くとすれば両岸が岩壁なので戻って大高巻きになる。この滝を直登しなければこの沢の醍醐味は半減してしまう。この上の5b滝は左の岩場をトラバースして乗り越すが、岩が迫り出しているので嫌らしい。ここは残置ハーケンにシュリンゲ(捨て縄)を掛けて手掛かりにして通過する。滝の上で妻を確保して登らせたが、シュリンゲが回収できず、文字どおり捨て縄になった。この先も美しいナメ床が続き爽快な沢登りが続く。
 10b階段状の滝は両脇が逆層の岩なので水流沿いに直登する。さらに7b滝と5bの連瀑を越えると水量が減じてゴーロ状になり、二俣になった。水量比二対一で右が本流である。過去の記録では左の支流を登って帝釈山の旧登山道に出ているが、今回は右の本流を水源まで辿ることにした。帝釈山頂に突き上げると考えてのことだったが、結果的に山頂から西に派生する尾根に出てしまい、針路選定を誤った。二俣からまもなく水がなくなり、ガレを登り詰めて針葉樹の密生帯に突入した。藪と格闘すること10分ほどで稜線に出たのでやれやれと思ったが、稜線上はさらに始末の悪いシャクナゲの藪になっていた。足がまともに地面に突けない酷い藪を掻き分けたり、跨いだりして30分の苦闘の末、山頂に辿り着いた。
 山頂から木賊に通じていた旧登山道を下るつもりだったが、林道を含めて完全な廃道になっていることが判明したので田代山を経由して木賊登山口に向かった。田代山頂湿原はニッコウキスゲが盛りで美しい景色を楽しむことができたが、木賊への道は長くてうんざりした。この下りで妻が膝を痛め、枯木の枝を杖代わりにしてやっと下り切った。詰めの藪と下山の長さは想定外であり、後で妻に苦言を呈されたことは言うまでもない。

 (記録)
 林道遮断器(1時間40分)遡行開始点(1時間)ヌマガヤ沢出合(2時間50分)稜線(30分)山頂(1時間)田代山(2時間45分)林道遮 断器

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8b滝 5bナメ滝
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花崗岩のナメ 5b滝
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左岸支流の滝 12bチムニー滝
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5b滝左の岩をトラバース
階段状10b滝
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5b滝
10bナメ滝
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10bナメ滝を登る
5b滝連瀑
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源頭のガレ場
帝釈山頂
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田代山頂
田代山頂湿原

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