根本山から粕尾峠

桐生 みどり

 現在、山歩きの大半が自家用車利用だと思う。自家用車では元に戻らなくてはならず、縦走することも反対側に下ることもできない。この弱点を補うため私は桐生周辺で路線バスを使っての山歩きを何回かしたことがある。山頂に登るだけでなく昔のように山麓歩きや街歩きが加わり、改めてバス利用の山歩きを見直した。今回十数年ぶりにバスを利用して梅田から根本山に登り、粕尾峠に縦走した。

 桐生駅から梅田行きバスに乗車したが、市街地を抜ける頃には他の乗客はいなくなって終点の石鴨で下りたのは私一人だけだった。登山口まで車道を歩いて中尾根に取り付き、休まず山頂まで一気に登った。現在、山頂を根本山と呼んでいるが、地元石鴨の人によると本来根本山とは根本山神社を指しており、この山頂は青龍山という名前だそうである。根本山の名前が一人歩きしているが、青龍山の名前を復活させたいと思う。本来の地名を知っている人がいるうちに調査して地名を継承できないだろうか。根本山神社の図に薬師岳や行者山などの名が記載されており、場所が同定できれば今のうちに直すことができる。最近まで宝生山を氷室山と記載している地図・本が多かったが、私たちの仲間が誤りを指摘した結果、現在の地図には宝生山と記載されている。氷室山は氷室山神社のことである。

 十二山神社を経由して氷室山の北までは以前より歩き易い道になっていた。途中、根本山登山口、中ノ沢登山口、氷室山登山口と黒坂石方面の道が3つ分岐している。いずれも以前は整備されていなかった道だ。氷室山の北で椀名条山への道が分かれていた。黒坂石から椀名条・氷室山へは一時全く踏跡すらない状態だったが、隔世の感がある。昔の一色刷りの五万分一地形図には道の破線記号が記載されていたので、昔の道を復活させたのかもしれない。

 稜線沿いの道を歩いているといつの間にか前日光林道に下る道に踏み込んでいた。偶然、林道から登って来た鉄砲撃ちと擦れ違って気付き、慌てて戻った。分岐から先の稜線にははっきりした道がなく、道標もないのでここは注意が必要な場所である。この分岐付近で黒坂石方面から登って来た林道が稜線まで達していた。この先は稜線沿いに林道が走っているのでルートが寸断され、踏跡が不明になるので針路選定が難しくなる。小さい上り下りが多いので林道を歩くか稜線を歩くか迷う。稜線を歩いていて送電線の鉄塔に突然進路を塞がれ右往左往したこともあった。林道は路肩が崩壊し始めている。根本山から足尾までの縦走はこの林道によってすっかり面白みを失ってしまった。氷室山から黒坂石方面に下った方がいいかもしれない。

 林道は前日光林道分岐付近から地蔵岳南鞍部まで斜面を巻きながら続いていた。ここから地蔵岳まで稜線に明瞭な踏跡が付いている。急な斜面を登り詰めると地蔵岳の南峰に着く。ここには前地蔵岳という新しい標識が付いていた。ここから十分弱で地蔵岳山頂に着いた。地蔵岳の下りも注意が必要である。地図を見るとそのまま真っ直ぐ進むように見えるが、登山道は左に直角に延びる尾根に付いている。私はそのまま直進してしまい、誤りに気付いて慌てて山頂に戻った。下り切った場所は地蔵平と呼ばれている。ここは車道開通前の旧粕尾峠であろう。ここには通称「首欠け地蔵」と呼ばれる地蔵尊が祀られている。明治維新の廃仏毀釈で首を落とされたのだろう。廃仏毀釈では日本中で石仏が谷に蹴落とされたり、首を落とされた。廃仏毀釈だけでなく、この国では支配者の号令で人々がいとも簡単に戦争に動員されてしまった忌まわしい過去がある。愛国主義の押し付けなど現在、再び国家主義の兆候が顕わになっている。狂気に駆り立てられないよう心しなければならないと改めて思う。

 ここから稜線沿いの道を辿って粕尾峠の西で登山口に出た。ここで行程の大半を終えたと思ったのは甘かった。長い車道歩きが待っていた。九十九折りの道ですぐ下に道路が幾重にも重なっている。真っ直ぐ斜面を下れば短縮できるが、擁壁で下れない箇所があるので迂闊には踏み込めない。丹念に車道を歩いて久良沢(きゅうらざわ)の集落に着いた時は薄暗くなっていた。内ノ篭(うつのこもり)を経て真っ暗な道を歩き、列車の時間ぎりぎりに足尾駅に辿り着いた。駅の電飾を見ながらわたらせ渓谷鉄道の旅を楽しみ、一日の山行を締め括った。


根本山神社全景 明治35年

(記録)
桐生駅(8:05)石鴨(9:02)登山口(9:25)根本(青龍)山頂(10:55着11:05発)氷室山神社(12:15着12:30発)地蔵岳(14:55着15:10発)登山口(15:30)足尾駅(17:10着17:18発)桐生駅(18:42)
※一人歩きで足早になっているので、多少余裕を考慮した場合の時間を掲げる。
なお、秋から冬は足尾到着が暗くなってしまうので、バス利用では日の長い春が適期である。
石鴨(2:30)根本山(1:30)氷室山(3:00)地蔵岳(0:30)登山口(2:00)足尾駅

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