黒坂石川から氷室山・根本山

桐生みどり

 黒坂石と書いて「くろざかし」と読む。地図を見て私は長い間「くろさかいし」と思っていた。地名の漢字表記は当て字が多いが、これはかなり無理のある当て字だ。知らなければ読めない。おそらく集落名の黒坂石が先でそこから黒坂石川の名が生じたのだと思う。

 氷室山・根本山は信仰の山であるが、黒坂石川からの登路は裏口である。昔は沢入駅から歩いたので一日がかりだったが、林道が奥深くまで延びた今日では山頂への最短路となっている。沢入駅南の見沢向橋から黒坂石川の林道を3kmほど行くとキャンプ場(バンガロー村)で川は二つに分かれる。南沢の椀名條沢側から四つの登路がある。

   

椀名條山を経て氷室山、中ノ沢登山道下降

 古い五万分の一地図には黒坂石から椀名條山を経て氷室山まで破線が書かれていた。高校生の時に沢入駅から歩いて黒坂石の集落で道を聞いたところ、意外なことに道はないとの返事だった。その時は金山沢との合流点にある山神社から斜面に取り付いて椀名條山を目指したが、話のとおり道は全くなかった。最近の山歩きブームでいったん廃れた道が再び開かれた。

 黒坂石キャンプ場の前が登山口になっている。車は1〜2台しか駐車できない。登山口のそばに蚕影(こかげ)神社があるので寄っていこう。筑波にある蚕影神社の分社で養蚕の神様である。養蚕農家の信仰が厚かったが、養蚕が廃れて今ではすっかり忘れ去られてしまった。

 急な丸太の階段を登ると植林地になる。尾根通しに明瞭な道を辿って椀名條山頂に着く。かつての椀名條山は知る人ぞ知る山で、頂に立って密やかな満足を覚えたものだが、今ではそんな雰囲気は全くない。氷室山への稜線を少し行くと稜線の南側が皆伐され、根本山方面の展望が開け、林道が稜線付近に達しているのが見える。主稜線に出る手前に石祠があり、寛政十年十月吉日と刻まれている。主稜線を南に向かうとまもなく氷室山神社に着く。氷室山は氷室山神社のことであり、氷室山という頂はない。以前の地形図には宝生山に氷室山の記載があったが、今では訂正され、案内書も大半が正しく記載されている。

 氷室山神社から南に向かうと宝生山に着く。根本・熊鷹山方面から氷室山への稜線伝いの道は昔の峠道の雰囲気がある。古い石祠や道祖神があり、野上・秋山から足尾方面への街道の機能を果たしていた。

 宝生山から南に道を辿ると中ノ沢登山道の分岐となる。目印があるので見落とすことはないだろう。道は登高線沿いに山腹を北寄りに向かい、すぐ西に折れて沢伝いに下り、林道に下り立つ。林道金山線を辿ると山神社で作原沢入線と合わさる。椀名條沢沿いに林道を下ると出発点のキャンプ場に戻る。

 黒坂石キャンプ場(1時間30分)椀名條山(1時間30分)氷室山神社(10分)宝生山(20分)中ノ沢分岐(20分)林道(1時間)黒坂石キャ
 ンプ場

椀名條沢本流から氷室山

 黒坂石キャンプ場から椀名條沢沿いに林道作原沢入線を5kmほど行くと登山口だ。林道が沢を横切る地点で氷室山への目印が付いている。駐車場はないので、林道の端に駐車する。道は沢沿いに付いており、沢を渡る箇所は桟橋になっている。沢を境に北は杉の造林地、南は雑木林になっている。水がなくなって斜面を登り詰めると稜線に出る。丁度十字路になっていて北が氷室山、南が十二山、東が大戸川の三滝への道だ。ここから氷室山神社まで10分ほどである。

 登山口(40分)氷室山神社(25分)登山口

金山沢から根本山

 山神社のそばで林道作原沢入線と分かれ林道金山線に入る。金山線は路面が荒れているが、伐採作業中でなければ何とか終点まで入れるだろう。林道終点から沢を渡って尾根に取り付く。杉の造林地を登ると伐採跡地に出る。尾根を外れて右に山腹を搦むと根本山・三境山間の稜線に出る。道は稜線上ではなく、東側の山腹を巻いている。斜面が急な箇所には鎖や固定ロープが付いている。やがて根本沢からの道と合流し、中尾根と巻き道との分岐に着く。左に中尾根を登り、山頂に出る。

この頂上を梅田では青龍山と呼んでいたが、行者山とも呼んでいたのではないか。現在、根本山神社から鎖場を登った地点に行者山と書いてあるが、根本山神社全景図(明治35年)及び山田郡誌に山巓の名を行者山と記載されていることからこの頂上が行者山だと思う。

 登山口(30分)稜線(40分)山頂(50分)登山口

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