奥利根・赤倉岳

増田 宏 

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赤倉岳概念図

 高校生の時に当時奥利根と呼ばれていた利根水源を巡る山に興味を抱いた。奥利根の核心部には殆ど道がなく、秘境の名に値する山域だった。私が初めて奥利根の山を目指したのは高校1年の夏で、同級生と2人で八木沢ダム上流の水長沢沿いの旧鉱山歩道から奥利根の盟主平ヶ岳を目指した。旧鉱山歩道はすでに廃道になっており、初心者の私たちには全く歯が立たず、いくらも進まないうちに道を見失って撤退した。大学1年の時に今度は水長沢から沢登りで平ヶ岳を目指したが、核心部に達しないうちに力量不足で追い返された。翌年、3度目の挑戦で水長沢からようやく平ヶ岳に立つことができた。大学卒業後、学生時代の山仲間と残雪期に丹後山から平ヶ岳を経て景鶴山まで、巻機山から丹後山まで2回にわたり利根水源を巡る山を縦走した。主稜線上の主な山をひととおり歩いたことに満足してその後、目標は会越国境方面に移っていった。
 数年前、山岳雑誌『岳人』に「登山の原点に迫るよりすぐりの山々」を掲げた「マイナー12名山」という特集が掲載された。その中に奥利根の赤倉岳(1959㍍)が掲載されていた。この山は平ヶ岳と至仏山を結ぶ稜線上から西に派生する尾根上にあり、従来全く顧みられることのなかった不遇の山である。もちろん、私も見逃していた山である。
 しかし、孤高の頂などとはとてもいえず、ほかの山に比べて山容風格が劣るこの山がなぜ選ばれたのか不思議だった。赤倉岳には道が全くない。無雪期には楢俣川本流か利根源流域の赤倉沢・割沢を遡るしかなく、無雪期に頂に立つのは容易なことではい。原始性においては他の山と比肩すべき価値がある。ただ、その原始性は奥利根側から見た場合だけで、尾瀬側から残雪期に容易に登れる。以前、残雪期に尾瀬から平ヶ岳を登った際に隣接するススケ峰を通ったことがあるが、隣接する赤倉岳の存在を全く気に留めることはかった。例年5月連休には大きな山行をしていたが、足に怪我をして回復し始めた矢先なので大きな山行は無理なことから気になっていた赤倉岳を目指した。
 景鶴山を目指す山仲間のIさんに同行して1日目は鳩待峠から尾瀬ヶ原に下り、山ノ鼻に幕営した。翌朝、スキーで行くIさんと一緒に出発し、猫又川沿いに雪原を奥に向かった。二俣まで猫又川右岸を行く。川が右岸の山肌に迫っている所が2箇所あり、右岸の山腹を小さく巻いて通過する。右俣から景鶴山を目指すIさんと二俣で別れ、左俣沿いに行く。最初に分岐する右岸支流と左俣間の尾根をススケ峰に登るつもりだったが、誤って手前で右岸の尾根に取り付いてしまった。かなり登ってから間違いに気付いたが、そのまま尾根を登り詰めて日崎山北峰に立った。日崎山は北峰の方が三角点のある南峰(1816㍍)よりも高いようだ。
 稜線上には踏跡が付いており、踏跡伝いにススケ峰(1953㍍)に向かい、山頂の手前から赤倉岳に連なる尾根に入った。尾根を行くと間もなく先行者の踏跡に合流した。赤倉岳を目指す人などいないと思っていたので意外だった。鞍部から見る赤倉岳の斜面は急に見えたが、登ってみると意外に緩く、山頂東の峰までスキーでも登れる。この先山頂の登りは地図上から尾根が切れ落ちていると考えてピッケルを持参したが、その必要はなかった。尾根が痩せているもののストックで十分だった。山頂には先行していた3人組がいた。赤倉岳を「登山の原点に迫るよりすぐりの山」と感じるのは奥利根側から頂に立った人のみであろう。残雪期に裏口から安易に登った私には秘峰の雰囲気さえ感じられなかった。
 赤倉岳は利根水源の絶好の展望台であり、特に越後沢山から巻機山に至る左岸の峰々が白銀の屏風のように連なっている。平ヶ岳、大白沢山など至近のたおやかな稜線を見るとスキーを駆って縦走したい心境になった。歩くのがやっとの状態でスキーを履くなどとうてい不可能だが、残雪期の猫又川流域の山はいくら下手とはいえ、スキーがないと魅力は半減する。景鶴山は収穫した稲を山形に積み上げた稲積(ニュウ)の形そっくりで、ニュウ岩の別名に頷けさせられる。
 帰途はススケ峰の南から登高予定だった尾根を下ったが、明瞭な踏跡が付いていた。スキーの人は大白沢山から二俣に延びる長い尾根を辿るらしい。二俣で景鶴山を登って来たIさんと偶然合流した。幕営地に戻り、2人とも無事目的を達成したことを喜び合い、ビールを飲んで寛いだ。小なりとはいえ未知の頂に足跡を記し、ささやかな満足感に浸った。最終日はゆっくり出発し、鳩待峠に戻った。下界はすでに夏の陽気になっていた。

2010年5月2日〜4日
4日 山の鼻(5時35分)二俣(6時35分/6時45分)日崎山(7時55分/8時)ススケ峰分岐(8時40分/8時55分)赤倉岳(10時10分/10時35分)ススケ峰分岐(11時45分/11時50分)二俣(12時55分/13時5分)山の鼻(14時50分)

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猫又川上流を目指す ススケ峰
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赤倉岳遠望 ススケ峰付近から赤倉岳
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鞍部から赤倉岳の斜面を望む 赤倉岳頂上手前の痩せ尾根
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赤倉岳頂上の登り 頂上から東に連なる尾根
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頂上から北の展望 楢俣川右岸尾根

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