日高 アポイ岳

増田 宏 

 高校生の時に習った地学では地殻変動は垂直方向のみで、水平方向に移動することは想定していなかった。南米大陸とアフリカ大陸の形が接合することから現在の大陸が一つの巨大大陸から分離してできたというウェゲナーの大陸移動説を習ったが、私には荒唐無稽の説としか思えなかった。大学に入って教養課程で当時最新のプレートテクトニクス理論を学び、地球科学の進歩に感銘を受けた。この画期的な理論によって海洋の火山が一列に並んでいることやチャートなど熱帯で形成された地層が日本にあることを合理的に説明できるようになった。また、日本の主な山脈を始めヒマラヤ山脈など世界の主要な山脈はプレートの衝突によって形成されたという説が主流になっている。
 北海道の形を地元ではカスベ(エイ)に例えるが、カスベの背骨にあたるのが日高山脈である。東側の北米プレートが西側のユーラシアプレートに衝突して乗り上げて上昇し、山脈を形成したのが日高山脈の成り立ちと考えられている。その際、北米プレート側の上部マントルから玄武岩質マグマの起源物質であるカンラン岩が押し上げられて地表上に表れた。最も規模が大きいのは山脈の南端アポイ岳を中心とする一帯(アポイ山塊)に分布している幌満カンラン岩体である。カンラン岩は地下数十㌔の深い場所にある岩石で、鉄・クロム・マグネシウムなどの成分を多く含む超塩基性岩であり、植物の生育に不適なためカンラン岩地特有の植物が生育している。
 アポイ岳(810㍍)は海に近接しているため、太平洋からの濃い霧に晒されることとカンラン岩という特殊な地質の影響によって高山植物の宝庫になっている。ヒダカソウなど固有種もあり、この山の高山植物群落は特別天然記念物に指定されており、花の山として名高い。道がよく整備され、簡単に登れるので家族向きの山である。冬の積雪量が少ないため、日高山脈の他の山がまだ積雪に覆われている五月連休頃には雪が消えて高山植物が開花し始める。
 アポイはアイヌ語のアペ・オ・イ(火のある所)で、山名起源は獲物が獲れるよう神に祈るため火を焚いたことに因るという。アイヌはアポイ岳をカムイ(神)が住む聖なる山として崇め、その故事に因んで地元では8月第一週の週末に「アポイの火祭り」を行っている。登山道は冬島と幌満から二つの道があったが、最近高山植物保護のため幌満からの道は上部のお花畑周辺が通行止めとなった。

アポイ岳概念図 初めて登ったのは5月上旬で、山仲間と二人で楽古岳からトヨニ岳まで日高の縦走を無事に終え、余った日程でアポイ岳を訪れた。アポイ山麓自然公園の野営場に泊まり、翌日軽装で往復した。小雨が降る中、雨具を着て山頂を目指したが、日高山脈の雪稜を縦走して来たばかりなのに同じ日高山脈で花が咲いているので驚いた。五合目の休憩小屋で樹林帯を抜けると山頂が見えてきた。岩が露出した尾根を急登すると馬の背に出る。ここから先がアポイ岳を代表するお花畑になっており、黄色や白の花がすでに開花していた。この時期の花はまだ少ないが、6月から7月にかけて最盛期を迎える。幌満お花畑の分岐を過ぎると再び樹林帯に入り、急な登りで山頂に立った。雨のため視界がなく、早々に下った。帰りは五合目から新道を下って登山口に戻った。
 2回目に訪れたのは夏休みの家族旅行で、8月上旬に小学生の子供と妻を伴って登った。五合目で偶然、地質調査をしている二人組に会い、カンラン岩の解説を聴いた。谷川岳や至仏山などに分布している蛇紋岩はカンラン岩が水と接触して変成したものだという。日高山脈ではカンラン岩が海中ではなく、陸上で地表に表れたらしい。馬の背のお花畑は盛期を過ぎており、種類も数も少なかった。この時も雲が出て頂上の展望は得られなかった。私だけピンネシリに縦走しようと山頂から北に向かったが、まもなく風が強くなって雨が降り出したので慌てて戻り、家族と合流した。この日の登山者は数組しかおらず、花の山として有名なアポイ岳にしては静かだった。
 3回目に訪れたのは5月上旬で、一人でアポイ岳から前回縦走できなかったピンネシリに向かった。ピンネシリはピンネ・シリ(男山)で、羊蹄山や阿寒岳のようにマチネ・シリ(女山)と対になっていることが多いが、樺戸山塊のピンネシリと同様にここではピンネシリ単独である。アポイ岳とピンネシリ(958㍍)を結ぶ稜線はカンラン岩からなり、遠望すると中部山岳の三千メートル級縦走路のような高山的景観をしている。積雪があるように見えたので冬山装備で出かけたが、殆ど雪がなく冬山装備は無用の長物だった。アポイ岳から先は背の高いハイマツが繁茂しており、枝が邪魔で歩き難い。吉田岳(825㍍)までは岩混じりの稜線で、吉田岳の鋭角的な山容は中部山岳を彷彿させる。ピンネシリ手前の鞍部付近は道が不明瞭だが、それ以外は稜線伝いなので道は判り易い。縦走路から見るピンネシリは美しい双耳峰をなしているが、ハイマツに囲まれた平凡な山頂だった。北側の林道まで縦走すると交通手段がないのでアポイ岳に戻ったが、この日の行程は9時間の長丁場だった。この稜線は人が少なく、ほかに二組会っただけだった。
 次回は6〜7月の花の盛期に訪れ、幌満お花畑をゆっくり散策したいと思っている。また、時期が合えばアポイの火祭りにも参加してみたい。

2007年5月4日
登山口(7時45分)アポイ岳(10時10分/10時20分)ピンネシリ(12時45分/13時)アポイ岳(15時5分/15時20分)登山口(16時55分)

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アポイ岳五合目休憩舎
アポイ岳五合目付近
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馬の背からアポイ岳山頂
アポイ岳山頂
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吉田岳 ピンネシリ

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