両神山

増田 宏 

 両神山(1723b)は雲取山、武甲山とともに秩父三名山の一つで古くから山岳信仰の対象とされてきた。奥秩父主脈から北に離れ独立峰のように聳えており、奥秩父の山とされることが多いが、西上州の範疇に加えられることもある。奥秩父主脈が同じような山の連なりであるのに対し、鋸歯のような岩峰を連らね、両端が絶ち切れた特異な山容をしている。奥深い山ではないが、公共交通機関が不便なので昔は納宮から楢尾沢峠を越えて表登山口の日向大谷で泊まって翌日山頂に登ったという。公共交通機関が不便なのは現在も変わらないが、車を利用すれば簡単に日帰り登山ができる。いささか安易になり過ぎたが、登山道が四方から通じているので変化があって楽しめる。

*

 昔から山岳信仰の登拝路とされてきたのが東面の日向大谷からの表参道である。私が初めて登ったのもこの道であり、その後何回か訪れている。日向大谷に両神神社の里宮があり、山頂付近に本社、山頂に奥宮がある。道沿いには石造物や講中の碑が多く、往時の山岳信仰の隆盛が忍ばれる。近年瀟洒な丸太小屋に建て替えられた清滝小屋を見て、急な登りを終えると両神神社の本社に着く。三峰山を始めとして秩父地方には狼を祀る狼信仰があり、本社では狛犬の代わりに狼が番をしている。ここからは最後の急登で山頂の剣ヶ峰に着く。
 表参道とともに登山者が多いのが南面の白井差からの道である。秩父鉄道の三峰口駅からバスが通じて首都圏からの交通の便が良く、山頂への最短コースである。私が訪れた時は遭難多発の警告板が登山口に立てられていた。以前には考えられなかった登山道での転倒や転落が殆どで、百名山ブームによる高年者の増加が原因である。昇竜の滝を経て一位ガタワで日向大谷からの登山道と合わさる。頂上は十二月でも人でいっぱいだった。白装束の行者姿をした人が祠に祝詞を唱えていた。下山は往路を戻らず大峠に向かう。大峠への稜線は登り下りが多く思いのほか時間がかかるが、岩稜があって楽しめる。5月に訪れた時はアカヤシオの花が美しかった。大峠からは峠道を下り白井差に戻った。この道は白井差から回遊できるので車利用の人には好都合である。
 北面の八丁峠から山頂の剣ヶ峰まで鋸歯のように連なる八丁尾根は岩峰を登降するので最も面白い。初めて登った時は坂本から八丁峠までの登りが長く、早朝に出発したにもかかわらず山頂を往復して坂本に帰り着いた時は夕暮れだった。3月初めの降雪直後で30aほどの積雪があり、踏跡の付いていない鎖場の登降に時間を要した。
 次は2月に林道の八丁トンネルを越えた西面の上落合橋から短縮コースを辿った。八丁峠までは30分ほどで着いたが、地図上の距離は近いものの、峠から山頂まで2時間の長丁場である。冬の両神山の降雪量は少なく、山頂でせいぜい20aほどに過ぎないが、鎖場が凍っていることがあるので注意が必要だ。山頂からは仕事道を辿って出発地点に直接下った。この道は登山道として整備されておらず、道迷いの遭難で死者が出てから立入禁止になっている。上落合橋から山頂に登って八丁峠に縦走し周回できるので便利な道だった。経験者なら特に問題はなく、自己責任で入れば一律に入山禁止する必要はないと思う。2回とも真冬だったせいか誰にも会わず、百名山ブーム以前と同じ静かな両神山を楽しむことができた。このほか尾ノ内沢沿いに龍頭神社奥宮への登拝路がある。一時、道が荒れて通行困難になっていたが、最近再び整備され、通れるようになった。
 両神山には沢登りの対象に沢がいくつかある。代表的な沢として北面の尾ノ内沢キギノ沢、東面の七滝沢、西面の金山沢などがある。先日、その一つである中津川水系の金山沢を遡行し、山頂から八丁峠に縦走し周回した。Iさん、Oさんと3人で志賀坂峠から車で八丁トンネルを越えて中津川上流の上落合橋に出て金山沢の右俣を遡行した。この沢は中津川水系を代表する沢で石英閃緑岩の大ナメ滝が有名である。小沢ながらナメ状の滝が多く、難しい箇所や面倒な高巻きがないので初心者向きの沢として人気がある。数bの滝をいくつか快適に越えていくと大ナメ滝になる。この滝は下から全貌が見えないので大滝とは思えないが、長いナメが連続している。傾斜は緩いが、岩が滑り易いので慎重に登る。高度計で落差を確認したところ、本に記載されていたとおり約120bあった。源流で険しい右のルンゼに入り、涸棚をいくつか越え、急斜面を這い登ると支尾根に出た。支尾根を行くとすぐ山頂南側で登山道に合流した。山頂では雲海の上に雲取山から甲武信岳に連なる奥秩父主脈が浮かび、雄大な景観だった。八丁尾根は鎖場の連続で楽しめたが、いつも予定より時間がかかってしまう。東岳、龍頭神社奥宮、西岳と八丁峠まで飽きることがない。

* *
金山沢下流の6b滝 7b滝 右から小さく巻く
* *
大ナメ滝 大ナメ滝の登り
* *
稜線直下の詰め 山頂
* *
雲海 遠景は雲取山 八丁峠への縦走路
*
*
積雪の八丁尾根
積雪時八丁尾根の鎖場

*

inserted by FC2 system