魚野川本流

増田 宏 

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魚野川概念図

 上信越国境山域の最奥に位置する魚野川源流域は原生的自然環境が保たれ、手付かずの原生林が残されている。魚野川は上信国境の赤石山付近に源を発し、岩菅連峰と上信国境連山に囲まれ、流域には道路やダムなどの人工物が一切ない原始境である。下流部には函や淵が連なり、中流部には多くの滝(セン)を落とす名渓であり、古くから遡行者を迎えるとともにその名のとおり魚を求めて多くの人が入渓している。
 上信越国境山域において私はこれまで白砂川と清津川を訪れており、大きな渓谷として魚野川が最後の課題になっていた。今まで何回か計画したが、天気に恵まれず、実行に至らなかった。今回9月の三連休に天気に恵まれ、山仲間のIさんと魚野川本流を訪れることができた。
 Iさんの車で野反湖まで行き、白砂山の登山道を辿って地蔵峠に出た。花敷と秋山郷を結ぶ道は古来秋山道と呼ばれ、しっかり整備された道が通じているが、訪れる人は稀である。地蔵峠から山腹に付けられた道を辿り、北沢を横切って登りにかかる。支流を2つ横切り、西大倉山から急な道を下る。渋沢ダムの手前から左の踏跡を辿って魚野川に下った。
 豊富な水量と水勢の強さで知られる魚野川も今年は渇水で水量が少なく、渡渉に困難を感じることはない。千沢を右岸に分けると桂カマチの函が現れる。沢伝いに通過し、左岸から小支流の桂ノ沢が滝で合流すると核心部の函が始まる。水が少ないので水流伝いに行けると考えていたが、渇水といえども泳がなければ通過できない。左岸から長い巻き道を辿って箱淵、不動コイデを高巻いた。釣り人が多いので踏跡ははっきりしている。函を巻き終えるとイタドリ河原になる。左岸から小支流の十六沢を分けると小規模な函状になり、へつりで通過すると右岸から高沢が合流する。その先で本流初めての大ゼン8bが現れる。左岸から高巻くと谷は開け、快活な遡行が続く。その先は広い河原が続き、黒沢出合まで行く。出合のすぐ手前に河原から突き出したナマリ岩があり、その傍らに恰好の幕営地があったのでここで一日目を終えた。テントを設営し始めると同時に小雨が降って来たが、幸い本降りにはならなかった。湿った流木が着火せず苦労したが、Iさんの尽力で何とか焚火を作ることができた。焚火を囲んで酒を酌み交わし、渓谷での幕営を楽しむ。夜に強い雨が降ったが、1時間ほどで止んだ。
 翌朝は長丁場なので明るくなると同時に出発した。黒沢出合には後から来た単独行の人が幕営していた。今回の遡行で出会ったのはこの人だけだった。広い河原を行くと魚止めゼン7bが現れた。両岸は険しい岩壁で過去の記録では左の水流脇を登っているが、取り付き部が手掛かり足場のない1枚岩で落ちれば深い淵が待っている。ここは戻って左岸から岩壁が切れた箇所を登って笹薮を高巻いた。踏跡は全くないが、15分ほどで落口に下りることができた。次のカギトリセン5bは深い釜があって登れないので左岸を高巻いた。この高巻きにははっきりした踏跡が付いていた。次のイワスゲセン3bは踏跡を辿って左岸から高巻く。スリバチゼン3b、ヘリトリゼン3bは深い釜をへつって直登した。この付近から上流は岩畳の上を穏やかに水流が流れ、快晴の空の下快適な遡行が続く。魚野川は深い樹海に包まれ、清津川のような崩壊地がないので岩盤の発達した美しい渓谷になっており、深い淵の多くが翡翠のような美しい深碧の水を湛えている。
 左岸に奥ゼン沢を分けると本流は右に曲がり、右岸から小ゼン沢を合わせる。合流点の先に燕ゼン5bがあるが右壁を容易に登れる。連続するナメを行くと最後の難所庄九郎ゼン10bが行く手を阻む。ここは左岸の枝沢を登って小尾根に出てから落口に下る。枝沢の途中で左に固定ロープがあったので辿って斜面をトラバースし落口に近付いたが、懸垂下降しなければ下りられないので戻って小尾根に出て高巻いた。この先はゴウトウと呼ばれる巨石帯が続き、乗り越しに時間と労力を要する。ゴウトウを過ぎ、5b、6bの滝を越えると南沢の出合に着く。ここまで来ると水量が減じて上流の雰囲気となる。本流の北沢に入るとすぐ追詰の滝5bが現れ、右から越える。支流を次々に分け、魚止め滝6b、最後の3b滝を越えると源流である。左岸に一対一の流れを見送り、か細くなった最後の二俣を右に入ると水がなくなり沢溝を行く。やがて両側からネマガリダケが覆い被さり、笹薮漕ぎに突入した。ここのネマガリタケは太くて強靭なので掻き分けるのが大変だ。眼鏡や帽子をはじかれながら執拗な笹薮を潜り、掻き分けて稜線の登山道に辿り着いた。場所は寺子屋峰と赤石山の鞍部標高1950b付近である。午前中は晴れていたが、稜線は霧に覆われ、雨が落ちてきそうな天気だ。赤石山頂(2109b)で幕営するつもりだったが、適地がなかったので大沼池に向かう。暗くなる前に何とか湖畔に辿り着いた。ここは快適な幕営地だったが、夜になると雨が降り出し朝まで降り続いた。
 翌朝、小雨の中を大沼池入口まで下り、バスを乗り継いで草津に出た。バスの待ち時間で入浴・食事を済ませ、長野原からバスで野反湖に行き車を回収し、3日間の山行を終えた。これで上信越国境山域の大渓谷をひと通り遡行することができた。同行していただいたIさんに感謝したい。

[記録]2012年9月15日〜17日
桐生4:00野反湖6:45〜7:00地蔵峠7:40魚野川10:40〜10:50高沢出合13:00ナマリ
14:10
ナマリ岩5:40魚ゼン6:55小ゼン沢出合8:25南沢出合11:30〜11:45稜線15:05〜15:20赤石山16:10大沼池17:10
大沼池7:30大沼池入口8:30〜9:15蓮池9:20〜9:40白根10:20〜10:40草津11:10〜12:40長野原草津口駅13:00〜13:30野反湖14:40桐生18:10

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桂カマチ 箱淵
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箱淵(上流から) 不動コイデの上流
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大ゼン ナマリ岩
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幕営地 幕営地の夜
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魚止ゼン 魚止ゼン落口
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カギトリセン イワスゲセン
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ヘリトリゼン 燕ゼン
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庄九郎大滝 ゴウトウ

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