赤沼〜湯滝

*真夏日が連続して高い山しか行きたくない、でもまだ少し膝が不安。そんな筆者に山猫さんから笹道を歩いて花を見ましょうと嬉しいお知らせ。
植林の中の急登を抜けて、あるいは小さな岩場に縋り付いて、ぽんと出る笹原のなだらかにくねる道。安蘇山塊にはそんな山が多くて、笹道に出るたびに、ああこれがずうっと続けばいいのに、と毎回思います。好きだ〜笹の道。

足尾を抜けて日光へは、ウイークデイの午前5時出発なので快調に飛ばせて、赤沼茶屋からの出発はまだ7時台。楚巒としては画期的な早さなのですが既に駐車場には何台も車が停まり、しっかりした三脚を抱えた女性が多いのは流行は山ガールから写ガールへ移行中なのかしら。駐車場にはもうホサキシモツケのピンクが盛んで、中に交じるウツギの雄蕊がクリオネの形なのを赤猫さんに教わって、いつもながら猫さんコンビはやたら植物に詳しい。小さな図鑑と10倍ルーペが神器のようです。

何本かある遊歩道の一番の大回り、川を渡って小田代原を掠めて湯滝へと進みます。笹の中の小道からは一面の緑の中にホサキシモツケのピンクの帯が遠くに霞み、濃い紫はノハナショウブ、ほやほやと白くイブキトラノオ、小さい黄色はサワギクで、鮮やかに交じる朱色のクルマユリ。
今回はちゃんとメモ帳片手に教わる名を書き連ね、おふたりの学術的な説明をふんふんと聞きながら、シモツケ、かわいいよシモツケだの、トラノオ、かわいいよトラノオといちいち感嘆して歩きます。一本一本はあちこちで見ていますが群生は初めて見るので我ながら五月蝿いとは思いながらも、層なす濃淡の緑の中に浮き上がる花はどれもほんとうに可愛い。
ほとんどアップダウンのない道は一度舗装道に合わさり、道の両側にはハクサンフウロが咲き乱れ、クガイソウが淡い紫の穂先を伸ばし、ヒヨドリバナが大きな白い塊で浮き上がり、遠景には夏雲を纏って女峰山が聳える道は飽きることがありません。

弓張峠への道を分けてからは道はすべて木道になり、数日前の大雨で普段は見られない池のある風景。水面にさざ波が立ち、夏雲と木立を写してぐるりの山はいくらか黒く滲んで、1000m超えの高度なのにけっこう暑くて、今日の下界が思いやられます。
なあんて殊勝な想いもほんの束の間、ぽぽんぽぽんと丸く咲くアザミの、こちらはノアザミ、これはニッコウアザミと俄仕込みの見分け方に夢中になり、俯いたヤマオダマキをなんとか真下から撮ろうと跪き、遠くに咲くトモエソウを目一杯のズームで狙おうと息を止め、咲き始めのハンゴンソウはなかなか可憐だと目を細め、キツリフネをキフネツリと呼び間違い、色とりどりの蝶が舞う笹床の道は緩やかに何度もカーブしながら、木陰と日向を繰り返してどこまでも続きます。
だんだんに行き交うひとが増えて来て、そのうちあちらから小学生の賑やかな一団が。そうか、もう学校は夏休み、聞けば八王子の学校だとかで、この頃の小学生は礼儀正しい、こんにちはの挨拶、あちらは一度で済むのですが筆者一行は次々にこんにちはをいい続ける羽目に。
八王子の後は宇都宮の小学生がまた一団、その後から世田谷の小学校、そのまた後には町田の小学生。もう花を愛でる暇もなくすれ違う子どもたちの長い長い列に挨拶するのにすっかり草臥れてしまいます。そのくせ黙ってすれ違う子どもがいると、こら こんにちは はと思ってしまうのは如何なる姑根性か。

泉門池にはうじゃうじゃと子どもが群れて水面には近寄れず、うーむ、このコースは夏休み前に限るのかもしれません。小滝の手前で裏コースに入ってやっとこの苦行から逃れましたが、夏の花野を見るのもなかなか楽ではないようです。
小滝からは流れに沿っての静かな道。倒木の風情を楽しみ、陽射しに輝く水面や見上げる緑に見飽きず、行手からどうどうと響く滝音に胸を弾ませ、あ、でもなんということでしょう、すっかり写ガールを気取っていたのでカメラはバッテリー切れではありませんか!筆者の新カメラはなかなか優れものなのですが唯一バッテリーが弱点のようです。

湯滝の見事な水量に暫く見蕩れて、やはりこのくらい落差がないと滝と呼んではいけないのだわとしみじみ納得。少し戻って湯川の支流の側でゆったりとお昼です。そういえばこのコースにはあちこちに禁煙の印があって、紫煙派はもう自然の中でも生き辛い。ぼうっと煙草を燻らせて魂を遊ばせる時間が取れないなんて、嫌な世の中になりました。幸いこの場所にはそんな無粋な看板がなく、筆者無心の一服。勿論この無心、仏教でいう無心であります。

さて大休止の後は泉門池手前から戦場ヶ原を横断します。広々した木道が真直ぐに延びて、こちらにはそれまでの喧噪と違いほとんど人がいない。このままころんと寝転がって一日風に吹かれていたいような静かな時間が柔らかに流れて、でも実際そんなことをしたらあっという間に干物になってしまいそうな陽射し。いくらか枯れ始めたサギスゲが乾いた白を点々と散らして、小さな小さなイチゲの仲間が咲いて、ひょっとしたらこの世は実は無数の花でできているのかもしれません。足元に目を凝らし、空を見上げ、複雑な緑の向こうの峰を眺め、戦場ヶ原を抜けるのは心がぐんと広がってなかなか楽しい。

国道にぶつかったら少し南下して光徳沼方面へ。右に延びる林道には熊さん注意の新しい看板がかかっていますが、この道は赤猫さんが冬のスノーシューを楽しむときに使う道なのだとか。三本松へ向けてだんだん細く、草が生い茂る道になりますが、野趣に富む道です。キンポウゲやホサキシモツケにときどきトリアシショウマが混じり、ショウマ、かわいいよショウマ。我が家のそばにも咲くアカツメグサもここで見ると、アカツメ、かわいいよ、アカツメ。もう見境ありません。

三本松で暫く休憩した後は国道沿いに赤沼へ戻ります。
赤沼、昭和24年のキティ台風ですっかり埋まってしまったのだとか。明治期の山の雑誌には赤沼が水をたたえている写真があり、子どもが沼で泳ぐと白い下着が赤く染まって親に叱られたそうです。男体山にもキティ薙というのがあり、それはそれは凄い台風だったのだ、いやあたしはまだ生まれてないもん、などと他愛ないお喋りをしながら、この日の歩行時間約7時間。ね、地図がこんなに大きいわけです。
花と笹床をしっかり堪能しましたが、笹の道、やはり急登の先や岩場を過ぎて出会うのが一番嬉しいのかもしれません。変化あってこその山。
さて、次は太郎山かしら。

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赤沼から歩き出しの広い道
要所要所にしっかりした標識
湯川
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笹床の中を縫う道
女峰山
大真名子(奥に太郎山)
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小田代原・普段はない池
分岐がいくつか
木道が続く
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サワギク
ヤマオダマキ
クガイソウ
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ヒヨドリバナと虻
ニッコウアザミと蝶
ホサキシモツケの花野
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トモエソウ
キツリフネ
ハンゴンソウ
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生まれたての蝉
トリアシショウマ
湯滝が見えてくる

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