赤湯温泉

*桐生みどりさんあにねこさん、最初に庚申山に行ったときはこんな凄いひと達と歩くのは一生に一度のことと感激したのに、慣れというやつは恐ろしい、地元の里山にときどきご一緒してるうちにすっかり図々しくなって、次はあっち、その次はこっちととろいおばさん歩きに付き合ってもらっていたのですが、この夏、おふたりにハイトスさんを加えた猛者連が清津川を遡上し、薮を突破して白砂山へ行った記事を読めば、もう地図を眺めただけでくらくらして、やはり雲上人だとため息をついて、普段遊んでいただいている勿体なさに改めて深く感謝したのでした。
でもそのハードな歩きのほんの初っ端の赤湯温泉、静かな山中の秘湯、ランプの夜、満天の星、子どもの頃見ていた白い天の川にまた会えるかも。絶〜対行きたい!
ということで、一度泊まりたいと言っていたみなさんに混ぜてもらって、この季節の星座表を俄勉強して、やっと秋らしくなった九月後半の連休に行って来ました。

今日は温泉だけだからと皆さん身軽なのに、山中泊は片手の指で足りる筆者は今までで一番の大荷物。前夜から出しては入れ、出しては入れの騒ぎを繰り返し、こんなの背負って歩けるのかと朝まで悩んだザックに引っぱられながらの出発です。
シーズンオフのホテルの大きな建物が廃墟じみて見える苗場を抜け、路肩の弱そうな狭い林道を奥へ奥へと二台の車を連ねて走って突き当たる駐車場にはほとんど車がありません。茶色の「赤湯温泉道」の可愛い道標から林道歩きが始まります。
途中蔦で覆われた自然休養林の文字がある石組みと、佐武流山周辺森林生態系保護地域の看板が。うーむ、佐武流山ってこんなところにあるんだー、などと感心してその遠さ、保護地域の大きさに驚きます。温泉はこの地図ではすぐそこのはず。

鉄製のしっかりした棒沢橋を渡って山道へ。余り丈の高くない雑木を潜り、大きな樹木を見上げ、木の根が張り出した道はときどき急な登りになったり、緩やかにうねったりして、ほんの少し赤く染まり始めた楓や黄櫨の葉を見つけてはもうすぐ全山を彩る紅葉を想像して、いや〜、でもザックの重いこと。着替えしか入ってないのに…。道の両脇にはイワカガミが柔らかそうに光り、もう花の色は余り見えませんが、深い山の緑は優しい色で、木陰の風は涼しい秋の気配。
それでもたっぷり汗をかいて登り着く鷹の巣峠。展望はないけれど東側の山から伸びる細い稜線上は空が広くて気持ちがいい。ここで軽いお昼の休憩。
それにしても赤湯の小屋のひとはこの道を通って物資を運ぶわけで、その大変さに長嘆息。車を使わず林道の始まりから歩いたかつての湯治客や登山者にも驚きます。

峠からの下り道はとても静かで、見返りの松を過ぎて山肌をなぞるように歩けば、ときどき落ちる鬼胡桃の音が思いがけない大きさで響きます。笹薮に落ちれば暫くあたりがざわめいて、最初は動物が潜んでいるのかと思ったくらい。どれも高い木なので、直撃されたら怪我をするんじゃないかしら。あちらでもこちらでもドスンドスンと盛んに落ちて、木の実雨という言葉がありますが、あれはどんぐりくらいの可愛い音じゃないと。胡桃は木の実爆弾とでも言うべきか。

下の沢に橋が見えてくれば道は暫く急降下です。清流にかかる橋はふたつ。そのふたつ目のすぐそばに小さく囲われた露天風呂が見えて、これは昼間は女性専用の青湯。すぐ上の河原には青湯よりもっと濁った露天風呂がふたつ並んで、こちらは男性用です。お湯への降り口には鞘堂は新しいけれど古びた温泉の神さまの碑が並んで、その先に緑に囲まれた可愛い山小屋、山口館に到着です。
連休で予約が多いということで、後の別棟で荷を解き早速ハイトスさんの奥さまと青湯へ。熱過ぎずぬる過ぎず、平たい石で囲まれた湯はいくらか滑って、正面に流れる清津川を眺めながらゆっくりと時を過ごします。お風呂上がりは小屋の真下のいくらか広い白い河原で風に吹かれ、瀬音の中、流れで割った薄いウイスキーをちびちび飲みながら、まだお昼を過ぎたばかりの高い空は谷間の宿なので思ったより狭くて、両側から迫る急な傾斜の間で鱗雲がだんだんほどけていくのをぼんやり見上げる至福の時間。

部屋に戻ればもうランプが灯されて筆者にはずいぶん昔の奥秩父以来の山小屋で、布団を延べるのも、相部屋の方やむき出しの梁の向こうからの話を漏れ聞くのも、窓の外に滴る緑の明るさに目を細めるのも、真っ暗な夜を待つのも全部楽しいという小学生気分です。
再びお湯に浸かり、同宿の方々、この温泉目当てのひとも苗場に登る途中のひとも若い方が多くて驚きます。いや、単に筆者がうかうかと歳を重ねただけなのか。
夕食には今朝採ったという舞茸の天ぷらとお味噌汁。見つければその嬉しさに舞い踊るからその名がついたという天然物は、香りも味も店頭にある栽培ものとは全く違いその美味しいこと!残念ながら夜には小雨になって、お目当ての星空とヘッドランプを付けて入る露天風呂は諦めましたが、この舞茸だけでもう花丸です。

翌朝は明るい雨で明け、名残の朝風呂と夕べより尚味が濃くなった舞茸汁の朝食の後雨具を付けて帰路へつきます。薄いガスがときどき流れる道は濡れた緑が滲んで、けれども木の根は滑り易い。鷹の巣峠を過ぎもうすぐ林道というあたりで、筆者は足場を失くして宙を飛び、泥だらけになりながらいくらか軽くなったとはいえ大きなザックが邪魔をして起き上がれないという大醜態。
幸い怪我はありませんでしたが、これを書いている今も恥ずかしさと脇腹の痛みが甦り、誰もご覧になれないので証拠はありませんがきゃっと叫んで赤面し続けているのであります。
(でも機会があれば見逃した天の川と星の数々、やはり絶〜対に見たい。次は三斗小屋あたりでまた転ぶかもしれません)

10/24 文中の木の実爆弾、鬼胡桃ではなく栃の実だと教わりました。鬼胡桃はもっと小さいとのこと。名前からだと大きそうな気がするのに。

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赤湯温泉道の始まり
棒沢橋を渡れば山道
大木と細い雑木の森
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緩やかに登ったり
染まり出した赤に見とれたり
これは草の実?なにかの卵?
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鷹の巣峠
山肌をなぞる
見返りの松に松の木はない
* * *
これを渡れば温泉
橋から見える青湯
温泉の神さま
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山口館到着
後の別棟も二階建て
お風呂の前は清津川の清流
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早々とランプが灯る
夜の本館
雨の中を帰る

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