二渡山脈(仮)その1

*くらげにだって生き甲斐はある!とチャプリンが言ったのは映画「ライムライト」。くらげが生き甲斐を持っているなら代行にだって野望がある。まあささやかな野望ではありますが、そのひとつ今年の1月に半分歩いた二渡山〜岳山の後編を、季節も変わって山が微笑む麗かな日、いつも懲りずにお付き合いくださっている桐生みどりさんとあにねこさんにご面倒をおかけしながら、たっぷり歩いて来ました。
この季節のこのコース、登り出しと下りには少し手こずりますが変化に富む山歩きが楽しい。おすすめです。見晴らしのいい岩のあるピークや、伸びやかなゆったりとした尾根道。荒れているとはいえ楽しい沢下り。開き始めたヤシオツツジのピンクと浅い緑色の芽吹きの中を蝶が舞い、沢のそばでは一輪草をはじめ小さな白い花たちが咲き乱れています。

今回同行者は優しいだけではなくなかなか厳しく、矢吹丈を育てた丹下段平の風味あり。名コーチがふたりもついて叱咤激励されながら、さてはて不出来な生徒はあしたのジョーになれるのでしょうか。

○明日のためにその1 急斜面のトラバース、重心はまっすぐにせよ
鍋足の民家の方にお断りして満開の枝垂れの花桃の下に車を置かせていただきます。こちらの側では峠は大茂/だいもん峠と呼ばれていました。峠を下った忍山川側が大茂、昔は集落があったそうで、おなじみ島田一男さんの『桐生市地名考』では大茂は「大門の換字で参道の意」。これから辿る稜線上にある赤粉山の肩に昔大日堂があり、そこへの参道付近の名前です。
前夜わくわくしながら幾度も地図上を辿ったので、赤粉沢の名はしっかりインプットされていて、そうか、あの沢の上が赤粉山、確かに忍山川側には緩やかな稜線が延びて、でも沢は急峻、お不動さまにふさわしい滝があるに違いありません。

橋を渡って作業道に入り鞍部を目指します。前回山中にどどんと出現した舗装道が潜るはずのトンネルの入り口が不意に現われる。峠道は千切られて登るにつれて落石だらけ。トンネル右側の踏み跡を辿ってみればどうやら道は左側にあるようで、トンネルのすぐ上をトラバースします。土は柔らかく踏み跡は細く掴まる木もありません。ひぇ〜、この体重、かなりの急斜面で踏み外せばずるずる落ちてゆくのは必至。つい斜面に身体を預ければ後からあにねこさんの叱声。身体は地面に真っ直ぐに!重心を傾けると落ちますよ。え〜ん、頭では判っても身体が怖がる。代表幹事と歩くときはただついて歩くだけでしたが、今は己の野望のためお願いして歩いているのですから泣き言なんか言ってられる身ではないけれども、しくしくしく。

○明日のためにその2 山道歩きはペースを一定にせよ
ようやく道らしいものに辿り着き上を目指せば暗い杉林が逆光にシルエットを描く、翼よあれが峠の光だ、さっきまでの恐怖感も忘れて心躍れば足も軽い。
前回持丸山からこの峠への急な下りを歩いたのは1月半ば。峠は下り着くより登り着く方が趣が増し、残念ながら祠も道しるべもないけれど忍山川方向は雑木の中の明るい道、昔は両方向の集落が行き来した生活道であったことが偲ばれます。無神経に横切る舗装道やトンネルが腹立たしい。

峠を左に北上し最初のピークへ。最初は植林と雑木の間の緩やかな登りが続きます。桐生みどりさんはまだ自由にならない足を悔しがり、ペースの遅さを嘆きますが、わたしにはちょうどいい。新芽の萌葱色が陽射しに透けるのに見入り、歩きやすいとつい浮かれてるんるんと急ぐ。少し急になると途端に遅くなり、緩やかな場所では遅れを取り戻すため小走りに。代表幹事に常に子供歩きと馬鹿にされていましたが、なかなかその癖は抜けません。
木々の間に左手には郡界尾根から鳴神山まで、右手には隣の忍山山脈、行く手には残馬山から根本への稜線がちらちら続く。雑木の稜線の途中すぐ右手に大きな岩が現われ、足を傷めていても登らずにはいられない桐生みどりさん、魔王の面目躍如ですが見ている方が不安。仙人ヶ岳のつなぎ石に匹敵する岩で、みどりさんの記念写真はこちらの手が震えていて使い物になりません。

○明日のためにその3 道のない急登は全体を見て判断せよ
昨夜のシミュレーションでもここは難物だと思っていた燧石山直下、凄い急登です。道はなく、手がかりは少なく目の前に聳立つ斜面。おふたりがルートを探りながら登る後からきゃっとかひぃっとか得意の悲鳴をあげながらどんどん遅れる。掴みやすい木や岩、めり込ませやすい地面を選んでいると、あらら上ではなく横に進んでいるみたい。
上です、真っ直ぐです、と上からあにねこさんの声。楽な方を選んでいては目的には近づけないのは判っていても、つい目的そのものを見失う。次の手がかり足がかりだけを考えていては、数ある野望の集大成「ひとりで颯爽と桐生の山を歩く」は叶うはずはありません。が、道は険しい。一生ひとりで歩けなくてもいいもん、とか、わたしの心は折れやすい。

ようやっと登りきった山頂は三角点と山頂看板。細い灌木と杉に囲まれ鳴神方面の展望がいくらかいい。西側と南側に緩やかな尾根があり、ここを登れば楽だったのではと思いますが、どちらも登り出しは等高線が詰まっており、ここは東から回り込むしかありません。
看板は「火打石山」ですが、本来は燧石山、西側の麓に燧石の字名があり、昔はひらがな表記で、確かにひうち石を産出したらしい。
最後の登りの大変さに比べればけっこう地味な山頂です。

○明日のためにその4 山で昼間っから強い酒など嗜むな
ここからは緩やかな尾根が続くはず。大休止のコーヒーにウイスキーをたっぷり垂らす、これも実は野望のひとつ。もちろんスコッチ、ふふっ、ラフロイグだい!

尾根道は樹木だけで、広くて、明るくて、ヤシオツツジはまだ蕾の方が多いけれど柔らかなピンクが可愛くて、空は真っ青で上天気。靴が鳴るってこんな気分なのでしょう。
痩せた尾根をしばらく辿れば、両側に岩壁を張り出した岩の鞍部が現われます。右の大きな岩は桐生みどりさんが以前登るのを断念したとか。では、左に上がってみようとザックを放り出して登れば、ここは絶景、今回一番のハイライト。説明なぞいたしません、どうぞここに立ってほしい。山々の眺望に濃淡のツツジが文字通り華を添えます。
右手の岩場も後から回り込めば広く開けてこちらもなかなか。祠を探したり、花色を楽しんだり、たぶんここが赤粉山ではないでしょうか。こちら側の稜線を下れば赤粉沢の入り口に重なり、『山田郡誌』によればこの沢と忍山川の分岐に子持滝があり落差三丈、10mくらいかしら。ちょっと興味がわいて来ます。

けれども実はさっきからどきどきと動悸が激しい。さてこれはこの山頂の楽しさ故なのか、それともお酒が効いているのか。いくら快い山道とはいえ午前中から初心者が微酔いで歩いてはいけません。

次の1002,3mのピークが茸岩山、きのこいしやまと読みます。『桐生市地名考』では「岩石の多い山でキノコ型をした岩があるのでついた名前」だとか。直下にキノコイシ沢が切れ込んでいます。
さてどれがキノコ型の岩なのか。たしかにこの稜線はずっと面白い形の岩が次々に現われますが、これこそキノコ、といえる岩はなかなか見当たらない。形ではなく、茸が生えた岩を見つけて大喜びするのは、やはりこれもお酒のせい。

○明日のためにその5 力量を考えて持物は決めるべし
岳山にとり着くあたりから道は単調な長い登りになりますが、岳山頂上では三本の丈高いヤシオツツジの初々しい色と、表記の薄れた看板と、小鳥に見紛うばかりの大きな蝶の舞がお出迎え。ここでお昼です。

今朝出発のとき、同行のおふたりがわたしのぱんぱんに膨れ上がったザックを持ってみて、すぐに荷物を移し替えてくださいました。このコース、二回に分けたとはいえ、出発の二渡山で代表幹事ができれば歩いてみたいと夢見た道、少し思い入れがあったもので、出がけに家にある食料を手当たり次第突っ込んで、少しでも長く岳山にいようという魂胆。
昨年までいつも手ぶらでお散歩程度の山歩きしかしていなかったくせに、考えてみればこの長さを重いものを背負って歩けば、あっという間にバテるのは必定。黙って荷を軽くしてくれたコーチおふたりの優しさに大感謝です。

その食料をあらかたお腹に片付けてゆったりと時間を過ごし、さて座間峠からの下りをおふたりの後から辿ろうかと立ち上がれば、なんとコーチ連が先頭を歩けと命令します。え〜っと抗議の声を上げれば、ひとり歩きの練習だと申し渡される。道がわかりません、と訴えれば、なんのためのGPSかと、さっき秘かに感謝したばかりなのにつれないお言葉、しかもにこにこ笑いながらの命令形。

○明日のためにその6 文明の利器は賢く使うべし
確かに前夜説明書片手にコースは設定したのでした。けれども微妙に間違っていて思ったように歩くべき道は表示されない。えいままよ、のったりした緩やかな斜面を足まかせに下り始めれば、早速後からどこへ行くんですかぁとあにねこさんの声。稜線を辿りなさいって言ったてこんな緩やかな場所では稜線がどこかわからない。予定したコースは見えなくても地図は表示されるのですから、こんなときこそ確かめなくちゃ、とGPSを慌てて引っ張り出してると、ちゃんと道があるでしょう、周囲を確かめなさいと桐生みどりコーチのダメ出し。

すぐに郡界尾根の←座間峠・残馬山→の緑看板に。左に進めばここからは稜線がはっきりしていて、座間峠まで真っ白な白根山と草木ダムを眺めながら、自信を持って歩きます。るんるんるんと、靴が鳴る。すぐに広々とした峠というより広場のような鞍部、しっかりした看板が陽射しの中で誇らしげです。直進鳴神山の古い看板を眺めて、さてここをひとりで歩けるのにあと何年かかるのかしらと軽くため息。

この峠を左へ、鍋足目指して下りますが落ち葉が厚くて道形は見えない。谷筋を辿るのですから一番低い所を歩けばいいのですがどうも足は明るい方向へ向かいたがる。何度後から注意されてもついつい斜面へ上がろうとするのは、わたしの足は下り用にできていないのかもしれない。いつまでも、いつまでも、いつまでも緩やかに登り続ける道が桐生のどこかにないかしら。

○明日のためにその7 沢筋のトラバースはなるべく低い場所を選べ
○明日のためにその8 徒渉は慎重に足場を選び大胆に渡るべし
高沢川の始まり、沢に水が見えるあたりから杉の倒木が目立ち出し、林道に出るまでばたばたと、青々とした枝を精一杯広げ思いのほか貧弱な根っこを見せて道を塞ぐ。澄んだ水が豊富に流れ、一輪草が足の踏み場に迷うほど咲き乱れる美しい沢は無惨な姿になっています。
倒れたばかりなのでしょう、倒木を避けて上を歩けば土は柔らかくぐずぐずと崩れます。少しでもしっかりした足元を求めて、上へ上へと相変わらず歩きたがるのをあにねこコーチから諌められる。どんどん谷筋から外れれば急斜面で立ち往生するか、崖上に出ることになる、地形を考えてなるべく沢に沿うコースを選ぶべし。え〜ん、然りではありますが、今まで一体わたしはなにを見ながら、考えながら山を歩いていたのか。何も考えず、代表幹事の踵しか見て来なかったことを深く反省。今までは単にお客さんだったんですねとみどりコーチに言われれば、確かに前夜からの楽しい高揚や、足場を決めて進んでゆく愉快さは今まで感じたことがありませんでした。甘やかされて来たんだなぁと改めて思いに耽ります。

右に左に、赤いテープや矢印、対岸の道を確かめながら沢を渡る。えいっと小滝の上を跳べば、今の足場は危ないです。足場の石がなくて考えあぐねていれば、浅瀬は水に入ってもどうってことありません、濡れるのを怖がってはいけない。次々とコーチの厳しい声が。腰が引けて立ちすくむ子羊に簡単に手なんか貸してはくれません。え〜ん、少しは甘やかせてくれよ〜。もっとも子羊と言い張るのは我ながらあまりに図々しいとは思いますが。
小滝が連続する本来なら美しい沢、倒木の余りの多さを嘆いたり、ひっそりと咲く小さな花たちを愛でながら林道に下り着けば、あとは出発地まで雑談しながらの平穏な道。

辿った山稜、わたしは前回にならって二渡山脈と言いたいところですが、山田郡誌では高沢山脈、おふたりはいくらなんでも山脈はオーバー、高沢山稜と呼ぶべしとおっしゃる。やだ、山脈だもんと呟きつつ、楽しさの余韻と満足感に満たされて、林道左手に連なる歩いて来た尾根の一端を眺めます。
出発時とは反対の方向の太陽が、岩壁を好むというヤシオツツジの群れを照らし、若葉の色を透かせて、今年の肌寒い気候なら桐生の山は5月一杯は楽しめそうですが、嗚呼、日暮れて道遠し、倒行はできないにしろ行けるところまでは行きたいものとはいえ、代行に明日は来るのか。

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