巡礼擬1

暑い。言ったところでどーなるものでもないけれど言わずにおられない毎日。こんなときは思いきり汗をかくに限るとわが楚巒山楽会の会長が仰るので所用で浅草に出た翌日、秩父鉄道を使って秩父札所をふたつ結ぶ道を歩いてきました。

羽生で乗り込む秩父鉄道はクラブ活動らしき中・高校生に混じって山支度の方がちらほら。関東平野の西北部を突っ切って車窓遠くに山影が見えてくると昔こうやって代表幹事と電車に乗って奥武蔵や秩父の山を歩いたことを思い出し、ほんに光陰は矢の如しとため息をつきます。
秩父盆地に入った電車は荒川と縺れるように走り、武甲山の抉られて満身創痍の古武士のような姿を後にすると乗客は筆者たちだけになって、三峰口のひとつ手前白久駅で降車するまでほとんど貸し切り状態。かつてこちらから雲取山へ登ったことがありますが、今の季節は人気がないのか、あるいはもう山へ出発するには遅い時間なのでしょう。

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白久の古い駅舎を背にまずは札所第三十番法雲寺へ谷津川沿いの舗装道を登ります。この道をずっと進むと城山へのハイキングコース、そこから熊倉山への登山道があるそうで、会長は紅顔の砌夏山訓練として何度か登ったそうでちょっと懐かしい目をしますが、左手の谷津川は重なる緑の下から瀬音しか聞こえず、谷の深さを思うと登山道もかなり急ではないかしら。道脇には「巡礼道」の標識があり、夏の盛りに歩く物好きはいないかと思っていましたが幾組かの方とすれ違い、前後し、善男善女がこんなに多いというのに世界がちっとも善くならないのはどうしたことか。
綺麗に整えられた境内を抜けまずは本堂にご挨拶。秩父三十四箇所の観音さまは普段は秘仏ですが、午年にはすべてが御開帳されるそうで来年はその午年、きっと巡礼の方が増えるのではないでしょうか。

駅へ戻り鉄路を渡って、秩父鉄道を右手に見ながら山間の道をゆっくりと辿ります。前日までの猛暑が少し弛んでときどきぱらっと雨の落ちるお天気で、鮮やかな野甘草を愛でたり散り残りの合歓の色を楽しんだりして歩く道の途中には、古いお堂やお地蔵さまの道しるべがあり、ぐるりの山は重たげに潤んで、でも暑い!首のタオルはすぐに濡れて、もう一度踏切を越えて着く道の駅の冷房が嬉しいこと。
少し先の山道に入るすぐ手前にある蓮池はちょうど花の盛りで、蓮の花の命は四日、とりどりの色が一日目の初々しさや四日目の崩れる形までそれぞれに咲き揃い、しばらく時を忘れます。

両側に濃い緑が匂う道の途中には弟富士山への登り口がすっかり草に覆われ、その先に矢通反(やとおそり)隧道。このトンネルかなり急勾配の登りでしかもカーブしており、両側から掘り進みながらだんだんに合わせたのかしら、むき出しの岩盤が見えて下も滑りやすく、なんだか不思議な空間です。
抜けてすぐの小さな如意輪観音堂前で道標に従い車道をゆるゆる登れば陽野峠を経て道は下りになります。この下りきったところで食べたお蕎麦が実に美味しかった。「和味」というお店で、もしここを歩かれることがあったら是非お寄りください、品のいい香り高いお蕎麦です。

このお店の真ん前から再び山道へ入ります。鹿除けのネットを越え、山葵の植えてある湧き水のさらっとした冷たさを楽しんで沢へ下ればまだ新しそうな木橋がかかり、この深い沢の涼風を橋の上でしばし味わいます、甘露也。
賑やかに蟬の鳴き注ぐ道はときどき簡易舗装を交えながら山肌をぐるっと回り、次の沢を越えれば昌徳寺。古びた小さな山門が可愛い小さなお寺です。
蕎麦畑の中に民家が点在する景観の中、車道を東へ辿れば格天井に相撲絵がずらっと描かれ、堂前に土俵をもつ千手観音堂。八月のお盆の頃にはここで信願相撲が行われるそうです。

すっかり汗まみれになりながら尚も東へ進むと若御子神社に続いて清雲寺。境内いっぱいにたくさんのしだれ桜が緑を広げ、咲き誇る花の季節にもう一度来てみたい。そのときにはきっと若御子神社の遊歩道も歩いて奥宮へ行ってみましょう。
右手の稜線がだんだん近づいて浦山ダムへの道と合わさったところに札所第二十九番長泉院の参道。ここにも大きな枝垂桜の古樹があります。本堂の外天井には所狭しと千社札が貼られ、その中に大きな龍女の扁額。縁起絵がかかる札所が他にもいくつかあるらしく、その絵を探して秩父路を歩いてみるのもいいかもしれません。そういえば長泉院には北斎の桜の絵もあるといい、来年、秘仏と一緒に公開されないかしら。

驚くほど高くにある浦山ダムのコンクリートが鈍く光るのを眺め、下の渓流にキャンプする子どもたちの歓声を聞きながら歩けば、地元の方に採ったばかりだという胡瓜を頂いたり、畑帰りというお婆さんに塩飴をいただいたり、すっかり巡礼の気分になって、この後影森駅まで足を伸ばせばあと四つほど札所を巡れるのですが、いくら曇っていてもやはり暑くてすっかり草臥れきって、今回はここで浦山口から電車に乗って帰りました。桐生まではなかなか遠く、自分の汗臭さに閉口。
けれども山里の道を歩くのは案外面白く、この巡礼もどき、これからも続けてみようと思っています。

こちらは会長が一昨年浦山ダムへ歩いたときの歳時記。現在も改札を出たところに「熊出没注意」の貼紙あり)

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車窓から武甲山
白久駅
巡礼の気分になる
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法雲寺
道脇に古いお堂が残る
蓮池
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矢通反隧道
陽野峠、さして展望なし
この標識から山道へ
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沢にかかる橋
蝉時雨降る道
昌徳寺
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千手観音堂
長泉院扁額
浦山ダム

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