開聞岳

*ああ、なんと作り甲斐のない概念図!屋久島からの帰りの高速フェリーで見る、錦江湾の入口にすくっと立つこの山の美しさがこれではちっとも判らないじゃありませんか(嘆)。薩摩富士の名に相応しい三角錐がこんなにぺったりしちゃうなんて…。ぜひ皆さま、地図を開いて美しい同心円を確かめてくださいませ。

せっかくの旅、ひとつは山頂をやっつけるべく(笑)この開聞岳をご神体とする麓の枚聞神社にご挨拶した後に、ふれあい公園奥の唯一の登山口から登り始めます。旅行中のただ一日だけ晴れ上がった土曜日、さすが百名山だけあって大ぶりのザックのいかにも登山者から軽装のお子さま連れまで登山口はけっこう賑やか。
924mといえばわが鳴神山より50mも低いじゃないかと楽天主義の筆者は軽装組で、登山口に立てかけてある杖だけお借りしてまずは意気揚々と柔らかな新緑の中に分け入ります。
色んな方と前後して緩やかに歩く道はしっかりと踏まれており、天辺へは螺旋を描きながら高度を上げるこの一本の道だけで、いくらひどい方向音痴だってこれでは迷いようはありません。10分ほど登った、一箇所だけ開聞自然公園への道を岐ける場所が2.5合目で、ここから道は本格的な登山道になり傾斜を強めますが、深く抉れた道の両斜面の羊歯も樹木も明るい陽射しを受けてぴかぴか、心も足も弾みます。
とはいえ開聞岳は火山。道には小さめの火山礫がびっしりで、木の葉を透かす光の美しさに夢中になっていると足を取られるので、急登部分につけられている石段がありがたい。全く景色は開けませんが、ガマズミの花は満開、羊歯の間にはテイカカズラの種が真っ白な長い羽毛をつけてたくさん落ちていて、この植物、定家と式子内親王の恋で聞いたことはありましたが筆者は初見でなんだか嬉しい。

だんだん息が切れる頃に初めて左手に海が見える岩があり、その先が五合目の展望所。お天気が良過ぎて靄がかかっていますが眼下に光る海に優美に突き出す長崎鼻の海岸線、その向こうに霞む大隅半島の黒い影を眺めて大休止。なにしろ下りはひとつもないひたすらの登りであっという間に持参のペットボトルは半量になって、さてこの先、足首が頼りない靴と残りの水分で大丈夫かしらと少し心配。地元のこのあたりの山は庭みたいなものと豪語なさるおじさまも、開聞だけは登りがきついと仰る(かもしかの如く颯爽と登ってゆく女性や走って登っているご老人もいますが)。けれどもここまで登って来て天辺を諦めるなんてことは致しません。靴ひもを締め直して出発。
ここからは大きめの火山礫やごろごろした石が目立ち始めます。眺めも再び樹木で遮られますが、シロダモの若芽が光の加減で銀色に光ったり金色に変わったりするのが美しい。馬酔木の花や菫、樹木を這う小さな蔦の仲間も明るい光を受けてどれも目に嬉しく、ほんの少し登りが緩やかになると思わず口笛など吹きたくなります。

7合目の看板に励まされて進めば道は木の根の絡む岩場の連続となり、筆者一気にスピードダウン。岩と岩の間は深い穴になっていて一歩一歩確かめながら、たまには手まで動員して、飛んだり跨がったりしがみついたり。誰だ、鳴神より簡単なんて思ったお馬鹿さんは。汗まみれになり息を喘がせて、ひいひいはあはあ。
千人洞の深い穴のあたりからはちらほらと下山の方たちとすれ違い、岩場は天辺まで続きますよと笑われて、杖に縋る手が思わずぷるぷる震えます。それでもごくたまに岩場が土に変ると元気が甦りスキップなどして、まるで子どもの登り方ですがなかなか楽しめる面白い道でもあります。薄紫や白や濃紫、色を違えた菫たちは可憐だし。

9合目の看板の先、見上げる大きな岩場には木製の梯子がかかり、ここは懸念していたよりずっと簡単に過ぎ、少しうるさかった樹木はみんな低くなっていて(岩場に夢中でここまでそれに気づかず)、左手には東シナ海側に面する海岸線が霞んでいます。直下に見えるのが登り口のあった公園かしら。ぐるりと山を回っていると実感。もう少し岩場は続き、はあはあ、あとどのくらいかしらと思う頃に山頂まで52mの嬉しい看板!うへへ、あと52mでいいんだわと身もこころも小躍り、いや大躍りしてしまいます。
看板の先で道を左に取ると麓で詣った枚聞神社の奥宮、御嶽神社の可愛い赤い鳥居が迎えてくれます。お賽銭をはずんで登れた感謝と下りの安全をお願いして三角点へと。

むき出しの岩の重なる天辺は老若男女こんなにと驚くほどひとがたくさんで、さすが百名山で独立峰、360度の展望です。もう少し早い季節、麓に菜の花の咲き乱れる頃はもっとひとが多いのだとか。靄って遠望は効きませんが澄んでいれば屋久島も見えるそうで、そちらを向いてうふふ、うふふ。三角点の後ろの岩の塊に登ってうふふ、うふふ。池田湖を見下ろしてうふふ、うふふ。鹿児島駅で買い込んだ駅弁を広げてうふふ、うふふ。ってひとりで笑って、なんだか危ないひとみたいですね。
残ってるペットボトルのきっかり半量を飲み、満員の山頂の方たちにちょっと遠慮して少し離れた岩陰で一服。達成感と相俟ってなんと美味しいことでしょう!
もう二度とは見れない景色。何度も下界を眺めてあちこち確かめ(お天気が悪かったら登ろうと思ってた清見岳や魚見岳も同定、たぶん)、柔らかな風に吹かれ長々と過ごした後は、さて苦手な下山です。

梯子や岩場では邪魔っけな杖もその下の火山礫の道を考えると手放せず、登りだけの道だったということはひたすら下りが続くわけで、膝を庇いながらひゃあきゃあと誰もいないのをいいことに派手な悲鳴を上げ続けます。ときどき登って来る方の気配がすると口を押さえて、偉そうにもうすぐですよと声をかけたり。
穴だらけの岩場をへろへろとようやく過ぎれば(ここで残りの水分を飲み干す)周囲を見回す余裕もできて、木々の新芽や小さな花はどれも光に向かって初々しい。鹿でしょうか、斜面の奥の微かな足音は。
静かな、緑に溢れた道はどこまでも快く、三組の方に抜かれただけで(えへん)無事登山口に到着。頬や首をこするとざらざらと白い塩が吹いていて着替を持って来なかったのをちょっと後悔しましたが、変化ある山道も展望も特級の、ほんとうにいい山でした。

帰りは舗装道をてくてく歩き駅へと向かいます。途中自動販売機に飛びついて待望の水分補給、天照大神を祀る岩屋にお寄りし、その先で開聞岳一合目の看板を発見。
単線の枕崎線開聞駅には駅舎がなく、芝生の上の小さな高まりに駅名板があるだけの実に素朴な駅で、登りも下りも二時間に一本ほど、乗客は筆者ひとりだけ。実は休憩を含めるとガイドブックよりかなり時間がかかったのですが、少し待つだけでうまく鹿児島行きに乗れて車窓を遠ざかる美しい山の姿に別れを告げました。
今回はこれで山はおしまい。あと少し旅をして桐生へ帰ります。

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美しい三角錐
緑の中へ
道は細くなるが歩きやすい
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テイカカズラの種・天狗の団扇のよう コバノガマズミ 長崎鼻と大隅半島が霞む
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石がごろごろしてくる
新芽が金銀に光る そんなに急ではない個所も
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麓/山頂だけのシンプルな標識
岩場の間はぽっかりと深い穴
左東シナ海
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あと52m!嬉しい看板
山頂標識・右手に池田湖が霞む 三角点・どう撮ってもひとが入る
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舗装道にあった一合目
開聞駅・これで全てです おまけ:桜島/幸運にも何度も噴いた

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