巡礼擬 高野坂

*宿を出てだいたいの海の方向へ歩きだします。ひどい方向音痴のくせに下調べがいつもいい加減で、結局通りすがりの男の子に浜王子の社殿まで連れて行ってもらいました。夏休み?なんて惚けたことを聞けば敬老の日でお休みなのだとか。老女のつもりはありませんでしたが、高校生から見れば確かにお婆さん、筆者が狸だったら間違いなく恩返しするのですけど残念ながら人の身、替りに熊野の神さまに幸を授けてくださるようにお祈りしておきました。あの子にいいことがたくさんありますように。

浜王子神社は住宅街の中にあり、そこから教えられた通りに浜辺の道へ出ます。台風が過ぎたばかりで波が高く、海も濁った色で、本来ならこの砂浜を山際まで歩くのが熊野への古道のコースなのですが、やはり通りすがりの年輩の方に強い口調で止められます。余りに強い叱責だったので、こちらは神さまにはお祈りしませんでしたけど、心配してくださってどうもありがとうございました。

車道を小一時間歩いて高野坂の入口に着きます。
木の土止めのある階段を登れば左手にすぐ海が見え、紀勢本線の線路が海側に剥き出しに通っていて、もう空は晴れていますが昨夜から特急電車は運休中なのだそうです。道標の通りに進めば再び高野入口の標識があり、竹薮の中、先ほどより急なしっかり造られた土止め階段が。
ほんの少しの登りで道は緩やかな傾斜に変わり、熊野古道特有の石畳の道になります。羊歯の目立つ緑濃い道を辿ると右側に両脇に石塔を従えたお地蔵さまが佇んでいます。
すぐ先には海への眺めが開ける場所があり、岩に打ちつける荒波と白く泡立ってうねる海をしばらく楽しみます。目を遠くへやれば、出発した新宮の浜が弓状に延びて空と溶け合いなかなかの絶景です。

緩やかにカーブする山道はよく踏まれていて、そりゃ歴史の長い道、当たり前といえば当たり前ですが、風が通って気持ちがいい。小滝を眺め、苔むした広い石段を登り、鮮やかな赤の涎掛けのお地蔵さまがいるあたりがピークかしら。ここから道はゆったりと下り始めます。
すぐに手入れのいい東屋があって、ここから左へ展望台への道を岐けます。

海に突き出す展望台には稲荷神社が祀られ、その名も稲荷山。この高野坂は熊野古道を歩く初心者のまた初心者用という短い距離で、ほんとなら今回の旅の目的の新宮市内歩きなのですが、楚巒山楽会として「山」と名がつけばこのHPでご紹介しないわけにはまいりません。もし行かれることがあれば、台風なんかの来ないお天気のいい日に浜辺から歩けば、静かな波音の楽しめる半日のいいコースだと思います。
展望台でお会いした地元の植物愛好家の方としばらくお喋りして、古道に戻ります。

三輪崎への下りはずっと石の道で、苔で彩られた丸みを帯びた石の形とそれに落ちる陽射しが美しく、幾度も立ち止まっては写真を撮ったりため息をついたり。
下り着く三輪崎側の案内板からは柔らかな草を踏んで、小川に沿った畑道を駅への舗装道まで。この三輪崎は今ではちょっと鄙びた港ですが、記紀では神武天皇の東征上陸地であり、弁慶の出生地であり、鉄道ができるまでは新宮へ結ぶ道がそれはそれは賑やかだったといいます。
この先の三輪崎漁港には堤防を辿って行く鈴島と孔島(ここの浜木綿を柿本人麻呂が詠んでいます)があるのですが、やはり今日は波が高いので止した方がいいと畑にいた方に止められて後日回ることになりました。
普段は全く縁のない海を楽しめる気持ちのいい道でした。

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浜王子社殿
ここから海辺へ
右奥に霞むのが高野坂と鈴島
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結局車道を通って入口に
海側を紀勢本線が
登り始めは木枠の階段
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打ち寄せる波がダイナミック
石の階段が続く
ピークの小さなお地蔵さま
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展望台直下
稲荷山
下りの石畳は美しい
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三輪崎側入口
越えて来た高野坂を見る
三輪崎駅から那智へゆくのだ

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