鳴神山

*二兎を追うものは一兎も得ず、と知ってはいてもつい追いたくなるのがひとのならい。例年は連休に咲き始めると聞くカッコ草と盛りのはずのアカヤシオ、あわよくば幻のナルカミスミレの三兎まで狙って、ゴールデンウィークの半ばに代表幹事なら眉を顰める桐生の王道、鳴神山へ当会の会長をご案内してきました。えへん、「ご案内」とできれば極太ゴシックで表記したいところ。
昨年こつなぎさんに花を教わりながら幾度も歩いた道ですものいくら方向音痴ではあっても迷う訳はございませぬ、なんて胸を張って、のっけの鍋足への曲り道を間違えたのはご愛嬌。いくらも走らないうちにちゃんと気づいて正しく樹徳高校の山荘へ到着。道路脇に何台も車が停めてあるけれど駐車場はどういう訳かがら空きです。

○こつなぎ口から椚田へ
車道を歩いてこつなぎ口へ。下では濃くなった緑もこのあたりではまだ柔らかく、雲の低い曇り空が少し心配ですが風は爽やか、大岩の崩落防止の工事も終り右側には青面金剛やいくつもの首なし地蔵、如意輪観音などが賑やかに立ち並び、さして石仏には興味を持たない会長に半端な蘊蓄を傾けながら急な作業道を登り始めます。入口には熊さん注意の看板とコツナギ橋登山口の看板が新設されています。

沢沿いに淡々と高度を上げ、ところどころ新しい落石が積み重なった場所があるのは3月の地震で左手の岩が落ちたからでしょうか。いささか歩きにくいとはいえ道型は変わりなくしっかりしていて、イズクの滝を眺めながらまずは小休止。期待していたニリンソウは見つかりませんが、木いちごの白い花と山吹が目を楽しませてくれます。
山道らしい山道になって幾度か沢を徒渉し、今年二度目の待望の山歩きの会長は嬉しそう。ときどき手帳を取り出して句を詠むのに余念がありません。途中、もう下山して来た三人連れの方に上のアカヤシオの見事さを弾んだ声で教えられます。

山葵田跡は清冽な水が流れてはいますがまだミツバツツジやウツギには早く、さみどりの新芽がほのかに煙る、ここはとても好きな場所。ひと休みして水場で飲むわき水はもうそんなに冷たくはありません。
ひと登りして沢筋から離れ杉の植林帯へ。ここで直進してしまう方が多いと聞いて赤い布切れをひとつ増やしたりしたのですが、立派な道標が立っていました。これでもう間違う方はいなくなるかしら。

植林帯の急な九十九折れを辿るとロープで保護されたカッコ草の移植地へ。今年は寒いせいかまだカッコ草は咲いていません。よく見るとあちこちに桜草に似た葉は見えるのですが、蕾をつけるほど伸びてはいない。あと二週間はかかるだろうと行き会う方に教えられ、あらら一面ピンクの斜面を見るつもりだったのに。普段の心掛けのせいなのかなんだか落ち着かない地球のせいなのか。
残念がりながら登り切った峠が椚田(くぬぎった)。すっきりした尾根道に川内への道標と石祠がある静かな鞍部。ここで雨が降り出し、傘を取り出したり雨具を羽織ったりしてひと休み。って当会の山歩きの休憩時間の多いこと!前橋からおいでになったという女性の三人グループがもう鳴神から降りてらして、やはりヤシオツツジの綺麗なことを口々に話される。これから座間峠まで歩いてから下山するそうで、この時期の鳴神山は賑やかです。

○出会った花たち

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○アカヤシオの中を歩く
静かに降る小雨の中を山頂目指して歩きます。本来なら右手に見えるはずの赤城山は低い雲の向こうに墨絵のように薄く霞んで、けれどもすぐに咲き誇るアカヤシオの花に目を奪われます。
まだ緑の淡い樹間に次々とピンクの花群が。見上げれば満開の花盛り、振り返れば尚のこと花色は濃く、散り始めた花が道に落ちて色鮮やかに美しく、急な山道も気になりません。会長はここには来ているはずなのですが花の季節ではなかったので初めての景色に感嘆しきり。あっという間にふたつの祠がある仁田山岳。雨を避けて祠の上の方でお昼を広げるパーティの笑い声が響きます。

岩の間を登って辿り着いた桐生岳山頂にも何人もの人が。
こちらの山頂のツツジはもう茶色に変色し始めてはいますが、仁田山岳を眺めれば盛りはいくらか過ぎたとはいえまだピンクは生き生きとしていて、ぐるりと眺める四方は遠望はききませんがグレーの濃淡に山影を伸ばし、雨の山頂も趣があります。下の神社でお昼にしましょうか、とこの時期の雨に濡れてもしセシウムだらけになっちゃたまらない代行がお伺いをたてても、会長はこの景色を心ゆくまで眺める所存。そのうち団体さんが山頂を後にし、新たにひとは登ってきても静かになれば雨も止み、おにぎりの昼食です。
そうかあちらが上州武尊や皇海山、会長は憧れの山頂に思いを馳せ、そうかあちらにスカイツリーと現実の日常に引き戻される。
これからはミツバツツジと山ツツジがここにトンネルを作るのでまた歩きましょうと約束して、神社への道を下ります。

○小さな花を愛でながら大滝口へ
雨に濡れてつるつるする岩道を恐る恐る降りて、つい最近お祭りがあったのか赤いお札を下げた本殿にふたりで手を合わせる。
ふたつの鳥居のたもとで白いスミレを撮ってらっしゃる方にナルカミスミレについて色々お聞きし、白ければいいというもんじゃない、これも違うしあれも違うということでやはりナルカミスミレはいまや幻であるらしい。

斜めに向き合う狛狼に別れを告げて杉の中へ下ります。こちらもカッコ草の移植地なのですが椚田側よりいくらか温度が低いせいかこの斜面にはカッコ草の葉も見えません。振り返れば黒々とした杉の急斜面に灰色の空がたれ込めて、峠の直下のこんな景色も好き。なぜだか切ないような気分になります。

植林帯を過ぎて沢筋に出れば雨に濡れたばかりの新鮮な緑が明るく広がり、枯葉の中には薄紫のスミレの群生。白い花をつけたヒトツバスミレ、ヒトリシズカやあれやこれや。沢の源頭のお不動さまを撫で、鳥の声に耳を澄まし、ザックから取り出した花の図鑑をあちこち捲り、俳句の話、代表幹事の話、突然会長が思い出すこの道の山桜のはらはらと散る風情、もう何十年も前に買ったという山靴の話。

注連縄を張った鳴神さまの領域を出てからは、大嫌いな簡易鋪装された急坂があり、がらがらと大石の転がる歩きにくい道が続き、筆者はあまりこのコースは好きではありませんがそれでも弾む話は楽しくて、小さな花は可愛らしい。こちらのコースの方が山野草の種類は多いようです。
頂上からほとんど走るように降りてくる若い方に何度か抜かれながら、山を惜しみつつ駐車場所に下り着きました。

まだしばらくこの山はひとが多い花の季節が続きます。
次は川内の方から登ってご報告したい。きっと代表幹事は嫌がるでしょうが。

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