11月定例山行 * 代表幹事代行

*

「新宿見るなら今見ておきゃれ、今に新宿原となる」と唐十郎が言ってから数十年、新宿が原になったかどうかは意見の別れるところですが、一昨年8月の終りに閉業してしまった「ホテルきのこの森桐生」の跡地は本当に原になってしまいました。昨年の11月に代表幹事と一緒に歩いた時はまだ草原と呼ぶのに相応しかった跡地は、今年は枯れたセイタカアワダチソウと鉄道草に覆われて、荒野原と呼ぶしかない。かつて何度も何度も、山登りの後代表幹事ときのこホテルのお風呂に入っていた会長は感慨深げです。
ホテルの駐車場から出発するつもりだったのですが、下の警備の方がバリケードがあるから行けないと教えてくださった通り、舗装道はずっと手前から通行禁止です。営業を続けている「きのこ茶屋」のそばに車を停めて出発。

歩き出しは整備されていた頃の名残りで歩きやすい道ですが、じきに堆く落葉が積もって倒木が被さり、道の真ん中に笹が生え、途中の看板も割れたまま傾いて、ひとが歩かなくなった道は哀しい。それでも道形ははっきり辿れて、雑木の間を抜けて石祠のある宮本町への別れ道を過ぎ、枝打ちしてある杉の林を抜けると吾妻山〜鳴神山への稜線へ。出たところに地名のない指導標があります。
左へ行けば岩木山のピークですが、今回は右、鳴神方面へ進みます。

枯葉を踏んで進むとすぐ鳳仙寺沢の頭、萱野山のピークを右手に巻いて、道は川内方面に自然観察の森への道を分け、西方寺沢の頭の指導標に至ります。ここから岡平まで右手に前回歩いた菱の山並みの眺望が開け、正面には城山からの急な稜線が紅葉に染まってなかなかの眺めです。この稜線でここが一番好きかもしれない。相変わらず熊さんにやっつけられたままの標識を眺め、左柳原への看板を見て、落葉ラッセルで緩やかに登ります。
ここで本日初めての縦走の方に会う。2本ストックで軽やかに下っていく。

ふたつ目のピーク、極楽とんぼさんの慰霊碑がひっそりと落葉に抱かれています。雨風に晒されて木に戻りつつあるのが心に沁みる。昨年春これを背負って歩いた代表幹事ももうこの世のひとではなく、残されたひとにも刻々時が過ぎていずれこの世から去ってゆくと思えば、切ないようないっそせいせいするような。
用意してきた花を置いて煙草など吸ってしばらく風に吹かれていました。でも晩秋、歩いていた時は平気だったのにじっとしてるとかなり寒い。

一度下って正面に大形山が見えるあたりで今日二人目の縦走の方があちらからやって来る。なんと走ってらっしゃる!しかも単独の女性!すれ違ううんと手前で立ち止まって思わず「すご〜い」と声が出れば、息も切らさず、立ち止まりもせず軽やかに「走るの気持ちいいですよー」とおっしゃりながら風のように去って行く。代行よりはお若いが、高校生が躊躇なくおばさんと呼ぶお年頃。会長曰く「女のひとは心肺が強いし身体が丈夫」。とうとう煙草を止めた会長は心肺に敏感です。にしてもなんで落葉の積もる下りで転ばないで走れるのだろう。
この方月に二回は吾妻山〜鳴神山を走って往復、毎日吾妻山を走って上り下りしている、この縦走路の常連さんの間では有名な方だとか。大形山山頂でお会いした三人パーティのおじさま達に教えていただいた。

山頂でお昼を済ませ、さてどのコースで帰ろうか会長と相談。鳴神山への縦走の後金沢峠を下ってバスに乗り、その頃はまだ営業中だったきのこホテルへ車を回収に歩いたことを会長が思い出し、ではその道を。もしバスがなければ観音橋から天神町は代行の散歩道、色々ご案内しましょう、ということで、大形山からの急な下りを金沢峠へ。あの女性ここも走って上って下ったのでしょうか。絶対にタダモノではない。当然ながらタダモノの代行は、昔々金沢峠を水も持たずに登った暑い夏のことを思い出して今更ながら会長に愚痴る。でもちゃんと鳴神に登ったんだからと意味なく威張る。
散り残りの紅葉を愛でながら急な山道、急な舗装の林道を下り、庚申塔の群れを過ぎて兼宮神社へ。案の定バスはなく、旧道を歩いて神社などご案内しつつ車へ戻りました。

今回は歩きながらこまめに地図を確かめたのですが、帰ってみれば自分の歩いた道、特に稜線へ出るまでの道が不確か。初めて自分で作った地図なのですが、登り出しがうまく書けません。あらゆることが道半ばでいやはやです。

* * *
* * *
* * *
* * *
* * *
* * *

楚巒山楽会トップへ やまの町 桐生トップへ

inserted by FC2 system