大畑山

*10月も末の台風が過ぎた翌日、夏なら青空が広がるのでしょうが、季節はずれの台風は冷たい雨の雫を残して、雲は低く、国道122号線から見る渡良瀬川左岸の山はその高さに似ず中腹に雲を纏っています。お天気のせいか道は空いていて、花輪の先で右折、東瀬橋を渡ってその雲の中にある山並みのひとつ、大畑山(753,9m)へ。天候で遠出ができなくなった桐生みどりさんと、多忙の中ようやく時間ができたあにねこさん、代行のいつもの三人。

○二百段神社から大畑山
東瀬橋を渡り少し南へ戻る路肩のスペースに駐車して、まずは山の上に愛宕さまを祀るという二百段の階段を登ります。登り出しには苔むしたどっしりした大日堂があり、中の仏さまはお顔は見えませんが綺麗に印を結んでいらっしゃる。他にも深い彫りの二猿の庚申文字塔や、優しげな表情の石仏がありますが、まだ薮が元気なので草をかき分けるようにして拝見します。

すぐ後から登り出す江戸時代にできた自然石の階段は既に土に覆われ崩れていて、両側には小さな庚申塔がたくさん倒れています。狭く急で滑りやすく、途中で階段は諦め杉の中を登りましたが、段数が二百段近く、その両側にあるのですから四百以上の庚申石、江戸時代後期のものが多いといい、文字もそれぞれです。
到着した開けた場所には大きな石の庚申塔が据えられ、中央に立派な礎石が両側に石祠をお供にしていますが、残念ながら愛宕さまだという祠は鯉を掴む金太郎の彫刻部分が残っているだけ。庵の跡があると案内書にはあり、この場所の往時の盛んな庚申信仰・修験の信仰が偲ばれます。

祠の真裏から薮に突入。楓の実が華やかな紅色で散り混じる薮はすぐに終わり杉の中の尾根になりますが、はあはあぜえぜえ、息の切れる急斜面が見上げる限り続きます。前を行くおふたりはゆったり二足歩行なのに、代行ひとり四足歩行に退化して、膝の裏が痛気持ちよく伸びて、鈍りきった太腿はふるふるする。ジャンパーを脱ぎ、腕まくりでひいひい汗をかきながらの斜面が少し開けると570m地点。ここで行手右側に大畑山が現われ、振り返れば花輪の集落の向うに五覧田城からの緩やかな山並み、その後に雲を纏う栗生山の特徴ある頂が覗きますが、見えるはずの赤城は全く雲に覆われ、下からの冷たい風が快い。

再び急な斜面を暫く登ればまだちらほらと黄葉が混じる程度の雑木の主尾根に到着。今までと打って変わった平坦で伸びやかな道をまず右方向、大畑山へ向かいます。両側には驚くほどの数の栗の毬が落ちていて、でも全部が空っぽ、今年は悪いといわれる山の実り、丁寧にひとつひとつの毬を割るリスや熊の捕食の大変さなどにちょっと同情する。

ふたつほど柔らかなピークを過ぎればアンテナの立つ大畑山。かつては展望があったといいますが、今は育った樹木と無粋なアンテナの余りぱっとしない山頂です。荒神山へ続く尾根は薄暗い杉林になるようで、その始まりにR・Kさんのおなじみの標高看板、アンテナの前の染まり始めた木立に他にふたつ看板がかけられ、小平からのコースもありそれなりに登られる三等三角点のようです。ここでしばらくおやつ休憩。

○群境尾根を北上し小夜戸峠
大畑山を後に尾根を戻れば、来るときに気がつかなかった山神さまの祠を発見。落葉と土の湿ったいい匂いの中ひっそりとある祠に手を合わせ、ふんわりとガスが出てきた尾根を小夜戸峠に向かいます。静かな歩きいい尾根道はまだ緑が勝っていますが、あと少しでもっと美しい色になるでしょう。このあたり、登り出しの急な尾根も含めて郡界の石の標識がきめ細かく設置されていて、林業は衰退の一途とはいえまだ丁寧に手入れされているようです。気持ちのいい広々とした尾根の縦走は特別な喜びですが、ではひとりで、と思えばやはり心細くてなかなかできないのが情けない。

789m峰を過ぎ、次のピークは少し巻いて、786m峰で昼食。時々高く澄んだ小鳥の声が渡る静かなてっぺんです。ガスはますます濃くなり、上の木の葉にかすかに雨の当たる音はしますが、下まで落ちて来ないのでまずビール、その後暖かいスープでおにぎりなど食べれば、いつもの如くゆるゆると時間が流れ、晴天ももちろんいいですが、こんなしっとりしたお天気の山も格別です。
重い腰を上げて下ればすぐに切り通された峠。両方向にしっかり道型がついており、右小平方面に下れば林道小平座間線からの道で、尾根の先には小夜戸山、その先は鹿生峠を過ぎ、山は延々と桐生の奥まで続きます。
今回はこの峠を左、小夜戸方向へ下ります。この山域、渡良瀬川への傾斜の方が急峻で、かつては台風で随分あちこちで崩れてわたらせ渓谷への被害が甚大であったとか。

その急斜面にはっきりつけられた電光型の道は最初は気持ちよく辿れるのですが、だんだん土砂に覆われ出し、曖昧になって斜面に消えてしまいます。おふたりが地図を見、GPSを確認し、少し戻ってからの沢への直下を決める。結局ひとりで歩けないのはこんな時の判断力が少しもないからで、きっちり整備された登山道ならともかく、里山を地図を頼りにひとりで歩く、なんてあっという間に立ち往生、一生できないのかと思うと少しさびしい。
道のない石のごろごろする斜面を却下照覧で下り着けば林道の終点。おふたりの方向感覚の正確なこと、勘の良さに舌を巻きます。それでもこういう小冒険は楽しい。転ばないよう、怪我などしないように気をつけながら、自分で足場を選び、その先を探りながら歩くのがひょっとしたら里山歩きの醍醐味かしら。
汗まみれであちこちに泥をつけながら林道を歩けば、風の冷たさがどこまでも気持ちよく、方角を変えながらだんだん離れていく沢の音が耳に優しい。

林道は上ったり下ったり、緩やかにカーブして、所々急な舗装道混じりの静かな道です。あと二週間もすれば雑木林はそれぞれに色づいて里山もすっかり秋色に染まるでしょう。ぽかっとした休日に鹿生峠まで歩いて下る、あるいは小平の方向から登ってみるなんてどうかしら。お薦めの尾根歩きです。
右手に墓地が出てくれば車道はすぐで、その車道を北に少し歩けば堂々とした文字の立派な庚申塔と、馬頭観音。下りてきた方向はすっかりガスの中で、風が動けば微かにいくつかの峰が見え隠れします。
東瀬橋へ戻る途中には山里に相応しからぬ衛星アンテナがいくつも並ぶ建物があり、すぐそばにはほたるの里の看板、不思議な光景の中に新しい「熊に注意」の立て札が目立ちました。
水沼の駅の温泉で汗と泥を落とせばもう空には一番星。

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