山の紀行

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*日枝神社のそばに住む友人が、先週の日曜にやたら前の道をひとが行き来し、見慣れぬ車がずいぶんたくさん神社の駐車場に停まっていたと目を丸くしています。だってこの時期の柄杓山なら当たり前、といったらへぇっなんて驚く。直下に住んでいるくせに小学生の時しか登ったことがないそうで、わたしの友人ですからそれはそれは昔の話。桜が綺麗とは知ってたけどねぇそんなに有名だったとは、と少しくすぐったそうな顔をしていました。

日枝神社裏の遊歩道案内看板からの登り始め、桜に合わせたのか整備されて冬より判りやすく、明るくなっています。ちらほら咲き始めたツツジの間から薄いピンクに覆われた山頂が見えて、昨年の桜がほとんど記憶にないからか今年の桜はなんだかまっすぐに胸に雪崩れて鮮烈です。
力持ちの女性がひとりで担ぎ上げた、という伝説をもつ雷電社と後ろの小さな石祠に手を合わせて先へ進めば、ここからはさくら、さくら、さくら。見下ろす桜と見上げる桜、どちらが絵になるかと代表幹事と写真を撮り比べた春など思い出し、空を仰ぎながらぼんやりしたり、振り返って菱の山並みにかかる花の雲に見惚れたり、どちらにしろこの季節はこのコースしか考えられません。桜の咲き誇る斜面にはフデリンドウが群生し、毎年数を増しているのも嬉しい。作業用でしょうか緩やかにカーブする道は柔らかく、急な所には階段が設けられた歩きいい道です。

みっしりした花が重なる何本もの木の下を通り抜け、空気までが淡い桜色に染まったようで微酔いのふわふわした足取りで、この斜面は決して急いで上がったりしてはいけない、ゆっくりと歩きましょう。頂上の下を半周する柔らかな道も歩いてみましょう。鳴神方向、仙人ヶ岳方向、桐生市内の方向、見える場所全部が花を纏って、桜の隙間からちらちらするのを楽しみましょう。
頂上ではウィークデイであるにもかかわらず、いい日ですねぇと幾人もの方と言葉を交わしました。みなさん駐車場からいらっしゃるのがなんだか勿体ない。桜は目だけでなく、全身全霊で味わう花だと思う。

四等三角点のある頂上からは三の丸へ進みます。この道、毎年咲き残りの椿と咲き始めのツツジが共生して、大量のほとんど白に近い桜の豪華さとはまた違った艶やかな彩りが楽しめます。駐車場への整備された遊歩道から、三の丸跡の少し先で左に下る踏み跡は、倒木がかぶさり落ち葉が厚い。こんな少し荒れ気味の下りも大好きです。右手からは絶え間なく沢音がして、痩せ尾根風のところや、踝までふかふかと落ち葉に埋まるところや、薮の中、すぐ下からは生活音も聞こえる里山の、変化に富んだ道が続きます。緑は微妙に色を違えるそれぞれが柔らかく、日当りがいいせいかけっこうツツジの赤が目立ちますが、わたしの前にこの道を踏んだのはひょっとしたら猪さんかもしれません。新しく掘り返された土が大きな穴になっていてまだ濡れたような色をしていました。
下るにつれて山吹の黄色が増えて、道がしっかりしてくれば里スミレやキツネノボタン、ホトケノザが咲き乱れ、あと少しで桜の花は終わります。

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