山の紀行

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*飛行機には早得という割引があると聞いたのが前回の熊本旅行。高いと思い込んでいた空の便が驚くほど安く手に入ると知って憧れの屋久島が一気に身近になり、それでも自由にひとりで歩ける自信がなくてネットを漁って見つけたYNACさん
屋久杉も岩のある高峰ももちろん魅力ですが、今回一番楽しみにしていたのがビデオで見たほとんどひとの手が入っていない島西部の照葉樹の森歩きでした。島を一周する道路は永田の集落を過ぎると世界遺産の領域を走り、その道路と海の間、概念図上ではほんとうに狭い範囲ですが道は全くなく、海辺のほとんどは断崖絶壁で原生樹木と動物の天国です。細かい雨の中を案内してくださるのは生物がご専門のもの柔らかな好青年で、ここが屋久島歩きの初日でした。
歩いたルートは故あって記しませんがそんなに長くはない距離をたっぷりと時間をかけて、全身木の匂い、土の匂いに浸ってゆるゆると歩きます。

宿から海岸線を走り、東シナ海展望所は残念ながらそぼ降る雨に口永良部島がうっすらと見えるだけでしたが、まずは永田のいなか浜で貝殻採集。足元の白砂には色とりどり、小さな薄い桜貝や撫子貝、すっかり色の抜けた珊瑚や厚みのある巻貝などが散らばり、ここには多様な貝殻が集まるので学者さんたちも頻繁に訪れるそうです。海なし県人としてはもうここだけで歓声の連続で、雨などものともせずしばし子どもに帰って貝拾いに夢中になりました。

車に戻りしゃらしゃらと音たてる貝殻袋をザックにしまって少し走ればもう緑の濃い世界遺産の山の中。雨具を着込み軽く屈伸などして、クワズイモの艶々した葉っぱを眺めながら少し車道を戻ります。このクワズイモ、サトイモそっくりですが灰汁が強くて動物も食べないのだとか。もしここではぐれてお腹が減ったら棘のある植物を食べて救助を待つように、手の届くところにある棘のないものには毒があります、なんて真面目な顔で脅されて、ガードレールの切れ目から急斜面を下るのですから見失わないように早足で後を追います。
とはいえ斜面は思っていたより明るく乾いていて、木々もそんなに密ではなく草の類いが全くないので見通しが良い。落葉さえ瑞々しい気がしてお聞きすれば、このあたりの樹木は季節に関係なく新芽が出れば葉を落とすそうで、雑草も食べられるものは柔らかな内に鹿や猿が食べるので余り草深くはならないのだとか。漠然とジャングルのような場所をイメージしていたので広々とした視界と歩き易さにに少し感激。
最初の急斜面を過ぎれば起伏の緩やかな場所を選んで少しずつ高度を下げます。

ガイドの方たちが丹誠込めて作ったルートは大岩やガジュマルの絡む樹木の間を柔らかく縫って、樟の木の爽やかな匂い、甘いような土の匂い、少し濡れた羊歯類の熟した匂いが混じり合い陶然とした、足裏を優しく押し返してくるような気持ちのいい踏み跡が続きます。
最近このルートがネットに出て、樹木に目印のペンキが塗られたりゴミが増えたりしたそうで、こんないい気分になれる場所、たくさんのひとに歩いてほしいような気がしますが、それはそれで色々問題があるらしい。難しいものです。
猿たちが移動しているのでしょう、遠い高い場所を微かにざわめきが過ぎ、それを追って鹿が一頭ゆっくりと通り過ぎてゆきます。どうやら猿が落とす若葉がお目当てのようで、筆者がもし鹿だったら間違いなくこの鹿のような他力本願の生き方をしそう。

いつの時代なのか、奥岳から土石流として転がってきた岩が点々と散らばり、そのひとつひとつが巨大で、もし桐生の山にこんな岩がひとつでもあったら間違いなく名付けられて神の岩になるのでしょうが、余りにたくさんあってここでは神さまも迷うらしくどれにも祠や名前はありません。最近はこの巨石の間でひと晩中歌ったり踊ったりして妖精を呼び出す儀式をする若者たちがいるのだそうで、でも妖精だってこの石とは決めかねて出てこれないんじゃないかしら。
その妖精の棲処ともいわれるガジュマルの気根があちこちに垂れて、この景観はやはり珍しいもので幾度も上を見上げます。踏み跡はこの領域で一番大きいというガジュマルの側を通り、無数に垂らした根が既に太い幹のようになったその巨大な塊に思わず息を飲みます。なんと言えばいいのか、植物というよりもっと生々しい巨大な生命体という感じで、わ〜い、と思うより一種の畏怖を感じます。
ガジュマルはイチジク科の植物でその実を食べた鳥などが種を運び、タブやクスノキ、ヒサカキの樹上、あるいは岩の上で発芽して気根を地上に伸ばします。地中だけを伝う根より水分や空気中の栄養分を取り込みやすく、土に達した根はピンと強靭に張り、成長が早いので元の木を枯らすことが多く、「絞め殺しの木」と物騒な別名があります。って、なにしろ案内してくださる青年の話が面白く、植物は考えるのでしょうか、なんてつまらない質問にも答えていただけるので楽しくてたまらない。

同じように気根を伸ばすアコウとガジュマルを比べたり、照葉樹の艶のあるそれぞれの葉を見分けたり新芽の柔らかな色や繊毛を楽しんだり、枯枝を折って嗅ぎ分けたり、太陽光を巡る植物の生存競争を想像したり、原生林の中は飽きることがありません。古びた絵付けの陶器が散らばった場所を過ぎ(かつてはここでも炭焼が行われていたとのこと)、沢沿いにしばらく下って巨大な岩が重なる自然の岩屋の中で用意していただいたお弁当を広げます。天井部に黒く煤けた部分があり、山仕事や炭焼のひとたちが雨を除け、火を焚いて湯を沸かし寛いで眠ったでもあろう遠い時間がすぐそこにあるような素敵な岩屋で、沢音が響くだけの静かな光の中で食べるおにぎりや卵焼きの美味しいこと!
渓流には小滝が連なり、底まで見えるけれども深そうな淵がいくつもあったりして美しい。真夏なら飛び込んで泳ぎたくなるでしょう。こんな流れが原生林にはたくさんあって、どれにも特に名もなく、山と海の距離が近いので鰻くらいしか生息していないのだとか。澄みきった水を口にし自然の生気を満喫します(雨の混じらないときの水はもっともっと美味しいらしい)。

沢から離れ少しアップダウンを繰り返した小平地には褐色に変色したワラビのような葉が広がり、これは潮風のせいだとか。緑一色に馴れた目には不思議な色合いです。
平地をなだらかに下り、岩の重なりを抜けるともう海!雨の日なので海は青くはないけれど、山中からすぐ開ける広大な水にひたすら驚きます。
小さな砂浜で少し遊んで登り返し、帰途は別なルートを辿ります。

根が絡む斜面を緩く登り、巨岩群を縫って歩けば横に広がる大きなガジュマル。この根の間を通り抜けるのですが、もし運悪く根に捕まったらときどきお酒を供えに来てあげましょうと再び真面目な顔で言われて、植物の時間とひとの時間は違いますと笑いながらも少し早足になります。数えきれないほどの細い根が垂直に続く空間はしっとりと暗くて空気も濃くて、ほんとうに上からひょいと捕まえられても不思議はないような。
巨石と根の織りなす斜面がしばらく続き、右手に沢が現われるあたりからはかつてひとが開墾を試みた跡が残るなだらかな場所が広がります。石垣が組まれ、炭焼き窯の痕があり、蚕のためなのかこの場所だけにあるという桑の木はもう巨大化して筆者の知っている桑とは別物です。確かに生活の痕跡は感じられますがいかにも厳しそうな環境で土石流の跡も残り、放棄されて長い時間が経つのでしょう、既にほとんどが自然に還っていました。
右を眺め左に目をやり後ろを振り返り上を見上げ地面を目で追い、なにしろどこを見ても楽しく面白く、新たな知識に満ちていて感嘆符の連続で、しばらく登ってぽんと林道の駐車地点に戻ったのがまるで魔法が解けたような奇妙な感覚。もっともっと魔法にかかっていたい気分が残ります。

幾度も子連れやまだ角袋をつけた若い鹿たちと出会いましたが、凝視しないこと、歯を見せて笑わないこと、と注意されていた猿の群には出会わず、ヤクシカと同じく小型に進化していると聞いていたので残念なようなほっとしたような(後日、車から何度も見ましたが確かに小さくて温和な性質のように思えました。とはいえ農地は荒らされるようです)。
鹿がいれば必ずいるという蛭の点検をして(これも後日、白谷雲水峡で余り嬉しくない出会い)、夕刻帰り着いた宿で軌跡を確かめるとその狭いことに驚きましたが、半日たっぷりと時間をかけて歩いた原生林の景色は忘れられない。
こちらも季節を変えてまた歩きたい場所です。今度はあの美しい淵を泳いでみたいもの。叶いますよーに(と代表幹事に手を合わせる えへ)。

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クワズイモが鮮やかに群生
道のない斜面を下る
意外に乾いた明るい原生林
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シロダモの新芽、花の如く
大きな岩がたくさん転がっている
空中にガジュマルの根が
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微かな踏み跡は足に優しい
何度も鹿に会う
美しい小滝と淵
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巨石を縫って下る
潮で褐色に灼けた羊歯類
少し下れば海!海!海!
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緩やかに登り返す・正面南限の竹薮
大きなガジュマル
岩と緑と気根たち
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気根は地に着くとピンと張る
開墾された畑の跡地
無名の美しい沢が何本も
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びっしりと覆う気根
こちらはアコウの根
この間を通る・捕まるな!

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