白岩山神社探訪

*◎今回のコース、白岩山神社への道は今ではすっかり失われ地図にも記載されていません。急な斜面、岩場など危険なところがたくさんあります。必ずロープを用意して単独行はお止しください。

桐生みどりさんの山野研の「氷室山」を読んで絶対見てみたいと思った白岩山神社。どこからも見えない岩の頂きにしっかり作られた古びた社と樹齢を重ねた檜、まだ全快ならないみどりさんと、常にご迷惑をかけっ放しのあにねこさんにわたしでも行けるだろうかと尋ねればなんとかなるでしょう、とお返事いただき、今回はみどりさんの山仲間のnomineさんもいらっしゃる。大船三艘に乗れば怖いものなんかありません。

○沢を辿り
代行の今の住まいはかつては栃木県、昔のひとが峠を越えて山向うに行ったように山並みをふたつ越えて作原に着きます。ぐるっと下を回れば2時間以上かかるといいますが、最近出来たトンネルと工事中の舗装道のおかげで、その半分以下で美しい小滝が連続する大戸川のほとり。普段はぶつぶつ言ってるくせにこんな時は工事されている道に感謝するのですからまぁ人間とは勝手なもの。
熊鷹山や三滝への車が工事の突端、立ち入り禁止の看板手前にはたくさん停められていて駐車できず、少し戻ってから歩き始めたのですが、右、左に次々現われる小滝の水量の豊かなこと、緑がまだ稚くて柔らかなことに驚きます。いつも梅田や菱の奥の狭い谷筋しか歩かないので、たまにこちらに来ると、その谷間が広々して明るいのに感心してしまいます。

本来なら駐車するつもりだった場所の左手の「白ハゲ口2.2km、三滝3.5km」の看板がある細い林道へ。右手下には相変わらず小滝が連続して、どれも名を持っていいような美しい流れが、広がり始めた若葉に映えて、咲き残りのヤシオツツジや今が盛りのミツバツツジ、小さなスミレやウツギの花、けっこう長い舗装道を飽きることなく歩きます。前を行くお三方の後ろ姿はゆらめく陽射しに逞しく、頼りがいがあります。
舗装が終わったところが白ハゲ口、既に標高は680mで、休憩所があり明るい光の中でさみどりが輝いていますが、残念ながらトイレは壊れていて使用禁止、木の看板ももう文字は読めません。休憩所脇になかなか味のある宝の地図風の案内図が掲げられていて、この図では白岩山神社まで道はあり、案外簡単に行けそうに思えるのですが。

最初に朽ち始めた木道を過ぎれば、右手に沢を見ながらの快適な歩き。いくつか新しい倒木はありますが、道はしっかりしていて、時々渡る木の橋も補強してあり安心です。少し暑いとはいえ、呼吸するたび淡い緑が胸に入ってくるような気持ちのいい日、1年前とは比べ物にならないほど重いザックを背負っていますが、何度も繰り返す徒渉にもいくらか身が軽く、自分としては長足の進歩と秘かに喜びます。
けれどもそんな余裕も束の間、白ハゲ沢が曲り沢と合わさるあたりから、道は細く険しくなり、沢を渡る回数も増え、先を歩く方の足場を辿るのも水流の早さに躊躇って、ちっとも進歩はしていない。相変わらずえいっだのきゃぁだの我ながら五月蝿いこと。

○茶立尾根は手強い
それでも沢筋を歩いているうちはまだましでした。沢を離れて稜線に取り付くとこれはもう!踏み跡といえるものもない急斜面、幸い掴まる木はたくさんありますが、少し気を抜くとずるずる滑る。大好きな緑の溢れる自然林を、愛でる余裕もカメラを取り出す余裕もなく、全く道がない分根本沢〜根本神社の道より難関です。沢を離れる地点での大休止でお酒を飲まなくて正解でした。気を緩めるところはない。上がりきらない足に手を添えたり、細い雑木に掴まりそこねて蹌踉けたりして痩せ尾根を登ります。
と前にどどんと大きな岩場が現われる。まだ杖のかわりに二本のストックに頼る桐生みどりさんが岩の右側に取り付いて淡々と進む。nomineさんは軽々と右左にルートを確かめながら足場や掴まるべき木の根を指示してくださる。後のあにねこさんに足元を確保していただき、時々上から差し伸べられる腕に縋り、登り着けば鮮やかに開いたミツバツツジが満開で、やっとひと息。神社はどこかと見回していると、まだまだ先、もっと凄い岩場があると笑われる。ひぇ〜ん。

再び痩せ尾根を辿ります。左右は深く切れ落ち、特に右手は垂直な崖で木が生えているから歩けますが、もしなかったら立ち竦むような細い道。ただその木が視界を遮り地図上のどこにいるのかもう見当もつきません。
この尾根、茶立尾根というそうで、俳句の季語に茶立虫があり、小さな小さな秋の虫。別名小豆洗いともいい、そんな声で鳴くそうで、まぁそこから付いた名かどうかは判りませんが、なんだかこの痩せ様に似合っている名だと思います。「有明や虫も寝あきて茶を立てる 一茶」。
道が岩混じりになり出すあたりに昔は祠か道標が建っていたような礎石が。こんな山を攀じて参拝した人々はいったい何を願ったのか、そもそもこんな山の奥にどうして神を祀ったのか。白平天狗の別名を持つ神社、天狗にはふさわしい奥深さですが、天狗にしか行き着けないような場所かもしれません。

○白岩山神社
いよいよ難関の岩場下。逆光の中にきらきら光る若緑を散らし、たしかに上部には深い緑の檜が何本も見える大きな岩峰。曲がりくねった松の根がのたくる斜面がまず急過ぎて上がれない。上からロープを垂らしていただきそれを頼りに岩場に近づきます。設置されている大きな輪の鎖はもうすっかり錆びきって心許ない。再び先に上がった桐生みどりさんにロープを確保してもらって、怪我人にお世話になっているようでは生涯ナイチンゲールにはなれません。左右に捩れながらやっとのことで急所を過ぎる。
ここは足場も悪く落ちれば大怪我間違いなしの危険な場所、もし行かれる方はきっとロープを用意して、必ず複数で行かれるようお願いします。

もう一度急斜面をよじ登って神社に出逢う。
尾根の一番高まる場所に古びた木の鞘堂を持つ石祠。前の鰐口には文久三年(1863)の文字が浮き上がり、幕末薩英戦争の年、騒然とした時代に天狗は似合うかもしれません。しっかりと扉が閉ざされた祠の両側の彫刻は天狗の羽団扇に見えるのですが、さて。
天然の檜に囲まれた神韻縹渺とはちと言い過ぎかしら、不思議で落ち着ける四方が切り立ったご神域です。ここで長い時間をかけてお昼。来し方を思い行く末を想い、なんて言うと真面目そうですが、いつも通りの馬鹿話に耽りちびちびとお酒など嗜む。どうも代行が混じるとどこへ行っても宴会じみていけない。それでも神さまにはしっかり手を合わせあれもこれもたくさんお願いして、ようやく腰を上げればどうやら酔ってしまったようで、この先大丈夫かしら。

○祠のピークを過ぎ主脈へ
神域からは岩がごつごつした凄い急降下。足場を決めてもふらつくのは未熟なせいというよりウイスキーのせいかも。nomineさんが呆れて見上げては色々指示してくださるけど、どうも思うように身体が動きません。どなたも真似などなさらぬように。

道型などない急斜面を登れば動悸は激しく汗まみれ、前回の学習はどこへ行ってしまったのか。
それにしても神社の祠はどこから運んだのでしょう。下からはもちろん、上からでも大変だったに違いない。神を祀り頼るしかなかった時代には祀るために苦労をすればするほど、その霊験が信じられたのかも。わたしのような全て風まかせの人間にはなかなか神さまは微笑んではくれないのでしょう。

時々ヤシオツツジの散り敷いた斜面を息を切らしながら登り着く頂上には古びた石祠があり、咲き残りのツツジがぐるりを取り囲んだとても気持ちのいいピークです。次のツツジの季節には根本山から熊鷹山を歩き、ここまで足を延ばす価値あり。楽しみです。
ここから主脈へははっきりした道があり、先週登った熊鷹山がよく見えて、あっわたしの山と言ったらあにねこさんに窘められました。そう、山はみんなのもの。けれども登った山がまだ少ないので、ついつい知っている山を見ると嬉しくて。そのうち桐生の見える山がみんな「わたしの山」になればいいのですが。

○井戸尾根を下る
主脈を十二山方向へ進み、赤い三滝への指導標に従って右に進みます。三滝降り口の分岐からは男体山や白根山が眺められ、尾根を進めばミツバツツジの花の向うには宝生山を中心とした稜線が見える。この山域、栃木側は桐生を歩けば必ず目にする杉の植林地帯がなく、自然のままの木々がそれぞれの緑を広げはじめ、目にも優しく、風も柔らかい。今度は紅葉の時期、こちらから氷室山へ歩きましょうと約束しましたが、桐生みどりさんが全快したらきっとわたしのペースではもどかしがって置いていかれるに決まってます。心優しいあにねこさんとnomineさんの善意に期待するしかないようです。

道は所々急ですが判りやすく、沢音が聞こえ出すと次々と設置された指導標に導かれ、急な斜面の道にはロープも張ってある。
まずは三滝の展望台へ。といっても見えるのは一番上と二番目の滝だけで、対岸に遠く高く白い流れと山肌の緑が爽やかです。この滝が三つとも見える場所はないらしく、今回は直下には行かず、タイコオロシの滝へ進む。沢の徒渉に少してこずりますが、この滝も一見の価値あり。突き出た岩の側に佇めば水音が岩にぶつかって響くのでしょう、低いドラムのような音が確かに規則正しく聞こえ、滝の名前通り。一見だけでなく一聞の価値も。

川に沿って下れば朝辿った沢の分岐に今度は反対方向から到着。既に影は長くなり、一日中山で遊んでいた充足感と、怖くて面白かった山行の満足感であとは機嫌良く車まで戻ります。
同じ山へ登るとしても、もちろん桐生側から登るのも楽しみですが、こちらの自然林と水の豊富なたくさんの沢筋ももっともっと歩いてみたい。ということで地図を大きく全体のイメージが掴めるように作ってみました。これだもの三滝で発見された山ビルが、あっという間に桐生に侵入してもおかしくありませんね。なるべく蛭持ちの鹿さんが峰を越えないようにこれから出逢う色んな山神さま・天狗さまにお願いしましょう。

(腐った鎖の写真と、神社からの下りの写真はnomineさんにお借りしました)

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