*

*花に嵐の譬えもあるぞ さよならだけが人生だ、と言ったのは唐の詩人だそうですが、雪に桜は果たして何の譬えになるのか。41年ぶりの4月半ばの雪だとかで、その時紅顔の美少年だった桐生みどりさんと、そんな古〜い記憶は全くないあにねこさんにお付き合いいただいて高戸山にひと登り。おふたりともちゃんとした山へ行くための調整ですが、わたしにとっては代表幹事の空白の山でもあり、ダム横に屹立する立派な独立峰。色んな方向に尾根の広がる大きな、なかなか登りでのある山の、季節はずれの雪景色を楽しんできました。

天候の回復を待って午後からの出発、穴切の集落の裏、墓地への階段からのスタートです。道には降ったばかりの水っぽい雪がへばり着き、杉林の中の急登で、まだ二本ストックの桐生みどりさんにはけっこう辛い登りでしょう。けれどもこんな時でないとなかなか付き合ってはいただけない。途中一瞬現れる作業道でひと息つくのも束の間、伐採された枝が散らばる不安定な雪の斜面をずるずる滑りながら登れば、あっという間に下の集落が小さくなり、対岸の鳴神からの主脈は雲の中に隠れ、新緑の季節とは思えない景色です。
それでも時々開いたばかりのミツバツツジの紫がかったピンクと、芽ぶき出した木の葉の柔らかさが目に快い。杉の緑もまだ若く、この寒さで案外長く春山が楽しめるかもしれません。

足元は深くはないけど冷たい雪が少しづつ量を増し、右手に植林左手に雑木の間を緩やかにカーブを描いていた尾根道が、突然雑木林の急登に変われば、登りきった場所が桐生市基準点No.118。進行方向の左下に梅田ダムが見えて、奥の高い山は重い雲に稜線を隠して、家を出てまだそんなに時間は経ってないのにすっかり深山気分です。
ここからは傾斜の緩い稜線歩き。枯れてしまった大きな赤松がところどころアクセントの、ちょっと滑るとはいえ気持ちのいい道が続き、行く手の木の間に大きな高戸山頂上が見えて来ます。この斜面はまだやっと薄緑の小さな芽を出しはじめた細いツツジの灌木が延々と続き、さてあとどのくらいで華やかな彩りがみられるでしょう。一昨年のあにねこさんの記録は4月の末ですが、今年はこの寒さ、少し遅れるのではないかしら。

空はだんだん青くなり鳴神の稜線がはっきりして、石混じりになってきた道をあと一度急登すれば、山神さまの石祠が鎮座する開けた頂上。手を合わせてなんとかひとりでも颯爽と山歩きができますよーに、とお願いします。
弘化二年(1845)の年号と反対側に四つの村の名が刻んでありますが、入彦間村以外は読めそうで読めない。正面には山神宮とあり、お賽銭とウーロン茶が供えてありました。
近くの鉄柱には頂上看板が二種、旧字の三等三角点標柱があり、広くて落ち着ける頂上ですが、木がぐるりを遮っていて樹間に仙人ヶ岳が覗くくらいであまり展望は良くはありません。

ダム湖のそばで山の名前を調べていたときに、地元の方にこの山域には皆沢高戸、穴切高戸など麓から見えるそれぞれの峰に高戸という名があると教わりましたが、確かに大きな山容で、見る場所でいろいろに形が変わるような気がします。
皆沢方向、穴切峠の方向の伸びやかな尾根への色んなルートを辿れば面白そうな山ですが、まだ神様へのお願いが足りない。本日は来た道を戻ります。
気温も上昇し雪が消えて、来た時とは表情を変えた柔らかな、湿った土の匂いがする稜線を、えへん、先頭に立って無事下山。機械音痴、方向音痴は徐々に文明の利器に慣れつつあります。


* * *
* * *
* * *
* * *

* 楚巒山楽会トップへ * やまの町 桐生トップへ

inserted by FC2 system