外山(とやま/日光市内)

代表幹事

外山(日光市内)と書かなくても、楚巒山楽会が登るのは奥日光の2000m峰でないのは、おわかりでしょうが、東照宮の奥にちょっと尖って見える山です。

日光市内で法事があって、おやじの名代として行かされることになり、あわよくばと思い、“栃木の山紀行”さんのサイトで短時間で登れそうな山を調べておいた。案の定、親父の奴、開始時間を間違えて伝えてきていて、1時から始まる法事の4時間前に会場についてしまった。会場の案内に出ている名前は知らない家ばかり、係の人に尋ねると午後1時からだと言う。序でに外山と小倉山のことを聞くと外山の方が近いと言うので、小雨模様だったが、外山に登ることにした。

観光スポットの神橋から東照宮方面に向い、稲荷川にかかる稲荷橋を渡る。渡って左折。稲荷川に沿って進むとカーブミラーの下に外山参道入口の道標があり、右折。別荘地の中の道になり、適当なところに駐車する。ここまでは“栃木の山紀行”さんの写真入りのガイドのお陰で日光市内不案内の私でもいとも簡単に来られた。感謝。

別荘地の奥までいき、左折。小沢にかかった木橋を渡ると三丁の丁目石と道標がある。参拝者の多い山らしく、しっかりとした参道が続く。小雨とガスで神々しいような杉林の中を登っていくと、幾つも鳥居があらわれる。岩が多くなり、崖状になってくると、鉄の立派な手すりがついた道になり、老若男女誰でも安全に歩ける配慮を感じる。登りついた毘沙門天の社は新しそうで、少し神秘感が薄れて残念。晴れた日に登ってくれば、白く綺麗な社を見て、感じ方は違ったかも知れない。日光市内の展望もガスの中。社の裏手の尾根道を行くと外山の山頂。ガスの中に浮かび上がる三角点と石仏は神秘的。残念ながら、女峰山方面の展望もガスの中。丁目石は五丁と六丁は確認できたが、四丁はみつからなかった。下山の時気をつけていたんだけど。この山は東照宮の鬼門に当るので毘沙門天が祀られているようだ。正月には福銭を授けるという祭事で賑わうらしい。参道がしっかりしているのもうなずける。小雨が続いていて、傘に礼服、サンダル履きで登ったのだが、礼服が汚れることもなく、素足を傷めることもなかった。

ついでに登った山にしては、頂上の雰囲気も良く、あまり苦情を申し述べることはしたくないのだが、ゴミ持ち帰りの啓蒙看板に一言。“山を汚す登山者に態もあきれて困(態)ったと”良くある間違いなのだが、手書きではない立派な看板なのでコマッた。態じゃないよ。熊だよ。シタゴコロじゃなく、点が四つ。知らないかなぁ。クマはムコウノヤマニツキガデタヒガデタヒガデタヨッツデタで覚えさせられなかった?。看板にいわれた通り良心を持って帰ったので、あえて一言。参道にも山頂にもゴミは一つもなかった。この看板を設置した人達がきちんと整備しているのだろうが、それについての感謝は別にして、あえて。

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楚巒山楽会について尋ねられることがある。
読み方/そらんさんらくかい、そらんさんがくかい。どちらでもOK。さんらくかいは先代の会長がよく使っていた。
意味/先代の会長によると『すっきりしたみね』だということである。われわれは、宇宙少年ソランのソランだと思っていた。
結成/1978年 キャンディーズ解散の年
構成人員/5名〜10名以下。自覚のない会員がいるので。
年齢層/30代はいなくなってしまいました。
活動/定期総会(年一回) 月例山行 楚巒山楽会のHP 山名標のないピークへの山名標の設置。
会是/登る勇気より、引き返す勇気(山頂にたたないことが多々ある)
   できる限り歩かずに
   登山は休み休みせよ


写真左 代表幹事 右先代(2代会長)奥多摩本仁田山に登ってからあと音信不通

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