桐生山野研究会

粕川源流 銚子の伽藍

桐生みどり 

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銚子の伽藍 概念図

 赤城山の小沼に源を発する粕川の源流部を銚子の伽藍と呼んでいる。粕川が外輪山を侵食して流下する部分は極端に両岸が狭められ、その地形を銚子の口に例えて命名されたという。今日では外輪山を穿つ部分を銚子の伽藍と読んでいるが、以前は不動大滝から上流を示す呼称として使われていた。古くは赤城山に二百回登ったという博物学者の岩澤正作が昭和初期に途中まで遡行し、「赤城山中唯一の神秘銚子の伽藍探勝記」を発表している。1950年代に当時の粕川村が鎖や梯子を整備し、一時多くの人が訪れるようになったが、事故が続出したため60年代に鎖・梯子を撤去して廃道になった経緯がある。その後一時期、氷瀑登りの対象にされたこともあるが、現在は無雪期・積雪期とも殆ど記録を見ず、忘れ去られた渓谷になっている。赤城山随一の険谷銚子の伽藍は再び秘境に還っている。
 私は無雪期と積雪期に過去二回訪れている。二回とも伽藍の中にある淵が通過できず、心残りになっていた。今回、山仲間のHさん、Iさんと久しぶりに訪れた。結果的には今回も過去二回突破できなかった淵に阻まれ、完全遡行には至らなかった。入渓者が少なくなったことで高巻きが困難になり、かえって難しくなった印象を受けた。
 不動大滝登山口から遊歩道を辿って不動大滝を目指す。不動大滝は公称50㍍とされてきたが、最近史跡に指定された際に改めて測量されたらしく、落差32㍍に訂正されていた。往々にして滝の落差は過大に記されることが多く、この例のように公称の三分の二程度が実際の落差に近いと思っている。不動大滝を直下の右から高巻こうとしたが、崖に阻まれて撤退を余儀なくされた。少し下って下流から再度右から高巻き始めたが、再び崖に阻まれて元に戻った。結局、忠治の岩屋より下流から右を高巻き始め、山腹を延々トラバースして滝上の堰堤上に下り立った。試行錯誤で時間を費やし、不動大滝を越えるのに1時間半かかってしまった。
 ここから石がゴロゴロ堆積した変化のない広い河床をしばらく遡ると両岸が崖になり、廊下の中に入る。廊下の出口に堰堤が築かれており、右から越えられそうだったが、堰堤を乗り越す最後の数メートルが礫岩の崖になっていた。難しい岩登りではないが、確保の支点が取れないので滑ると下まで落ちてしまう。ここは安全策を採っていったん廊下の下流まで戻って右を大高巻きした。
 しばらく行くと小滝やナメが現れてようやく沢登りの雰囲気が出てきた。やがて立派なF1(10㍍)となる。昔の記録に霧降の滝、朝陽の滝など滝の名が記されていたことを覚えているが、個別の滝の名称は記憶にない。青木清著「赤城山 花と渓谷」にはかめ割の滝と記されているが、この本の多くの地名は同氏の命名によるものなので本稿では仮称として滝番号を用いる。この滝は直登できないので左を高巻き始めたが、次のF2(6㍍)が登れないのでそのまま高巻き、さらに連続するF3(10㍍)の落口に下りた。F3は青木さんの本では夫婦滝と記されている。次のF4(6㍍、青木さんの本では錦の滝)を左から小さく巻くと両岸が極端に狭まり、伽藍核心部となる。高い絶壁が行く手を遮り、その底に流れが見える。今度こそと期待しつつ中に進み、小さな淵を右からへつって通過するとF5(3㍍、青木さんの本では伽藍滝)が現れた。滝は小さいが手前の淵が深く、泳ぐ以外に通過できそうもない。滝は肩車(ショルダー)で越えられそうだが、淵が深くて滝の下に立てそうもない。ここが過去二回阻まれた淵である。やむなく伽藍入口(F4落口)まで戻って前回と同じく左を大高巻きし、途中から踏跡に出て伽藍の上に下りた。三度(みたび)挑んで三度敗退の結果に終わり、今回も伽藍の中を抜けられなかった。
 伽藍の落口から覗くとすぐ下が5㍍ほどの滝になっている。ボルトを支点にロープが固定されており、F5との間に通過不能の滝や淵がなければ伽藍の中を下降できそうだ。帰途はつつじが峰の登山道を下り、不動大滝登山口まで戻った。登り7時間、行動時間9時間を要した。

 厳冬期の遡行
 厳冬期は滝が凍って氷瀑登攀の対象となる。完全に凍結すれば滝を直登でき、面倒な高巻きを避けることができるが、不動大滝が凍結することは稀である。私が1月下旬に遡行した時は不動大滝の左側の崖の低い部分に氷が付着しており、直登することができた。F1を始め上流の滝も殆ど凍結しており、直登できた。ただし、F4は凍結しておらず、高巻いた。F5の淵は厳冬期でも全く凍っておらず、通過不能だった。
 なお、本稿では右岸・左岸ではなく、下流から見て右側・左側に統一した。

 2010年8月1日
 不動大滝登山口(50分)不動大滝(1時間30分)滝上(30分)堰堤(1時間50分)F1(1時間10分)F5(1時間)銚子の伽藍上(2時間)不動大滝登山口

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不動大滝
不動大滝落口
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廊下入口
廊下出口にある堰堤
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ナメ滝の直登
F1 10㍍
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F2 6㍍
F3 10㍍落口
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F4 6㍍
敗退したF5 3㍍
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銚子の伽藍入り口から上流部
銚子の伽藍最狭部
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銚子の伽藍落口の滝 冬の不動大滝
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氷結したF1 10㍍
氷瀑(F1)の登攀
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冬のF4 6㍍
冬のF5(淵は凍っていない)

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