幌尻岳

増田 宏 


日高山脈は飛騨山脈(北アルプス)と並び日本で一、二位を争う大山脈である。三角形の峰が鋭い痩せ尾根で連なり、日本アルプス以外で唯一の氷河地形を有している。
日高山脈を代表する峰を5座挙げるとすれば、カムイエクウチカウシ山、ペテガリ岳、カムイ岳、一八三九峰、幌尻岳が順当だろう。日高を代表する鋭峰が大半であるが、同じような峰が連なっているために個別の峰については日本アルプスと比べて見劣りがする。唯一の例外が幌尻岳である。日高山脈で1峰を挙げるとすれば、3つのカール(圏谷)を抱いた大きな山容と日高で唯一二千㍍を超える標高を有する幌尻岳(2052㍍)をおいてほかにないだろう。
幌尻岳はアイヌ語でポロ(大きい)シリ(やま)で、大きな山を意味する。鋭峰の連なる日高山脈にあって赤石山脈(南アルプス)の仙丈岳や赤石岳に似た山容をしている。北カール、東カール、七ツ沼カールを形成した氷河が三方から山体を削ったものの、山体が大きいため侵食しきれず、他の峰のように鋭峰にはならなかった。
日高山脈のカールは最終氷期のウルム氷期(七万年前から一万年前)に形成され、新旧2つのカールが重複している。外側のカールは幌尻亜氷期(四万年前)、内側のカールは戸蔦別亜氷期(二万年前)に形成された。氷期の区分は中部山岳における横尾氷期と涸沢氷期に相当するものであり、古期の氷期において氷河がより発達したため大きなカールが形成された。3つのカールのうちで幌尻岳を代表するのが七ツ沼カールで、北海道の岳人にとって憧れの的である。
私はこれまで幌尻岳を3回訪れている。1回目は夏にカムイエクウチカウシ山からエサオマントッタベツ岳に縦走し、エサオマン入りの沢を下って新冠川本流を遡った。七ツ沼カールに出るつもりだったが、源流で沢を取り違えて東カールに出てしまい、急なカール壁を直登して山頂に立った。この山行では新冠川本流にある函の通過に予想外の苦労を強いられた。
2回目は5月連休に芽室岳から主稜線を南下し、戸蔦別岳から山頂を往復した。連休にもかかわらず、ほかに登山者を見かけなかった。 3回目は戸蔦別川から戸蔦別岳経由で山頂を目指したものの、滝の高巻きで同行者が滑落して撤退を余儀なくされ、再度の挑戦で額平川から北カールを経て山頂に立った。これにより、幌尻岳の3つのカール全てに足跡を記すことができた。
次に掲げるのは3回目の紀行である。(岳人2009年3月号)
1回目、2回目の記録は白山書房刊『回峰』第1章日高山脈を参照。


幌尻岳概念図

父と子の七ツ沼カール

二十年前、日高山脈縦走の際に幌尻岳の七ツ沼カールに泊まった。その時は駆け足で通り過ぎてしまったので、七ツ沼カールが気になり、いつか再び訪れたいと思っていた。
夏休みに小学校六年生の息子を連れて七ツ沼カールを再訪することになった。日高の山行に相応しく渓谷を遡ることにし、十勝側の戸蔦別川を遡下降する計画を立てた。参加者は息子と私、山で知り合った札幌在住の齋藤さんの3人である。
戸蔦別川第6堰堤で林道が通行止めになっており、ここに駐車し歩き出す。路面は悪くなるが、林道はカタルップ沢出合の先にある第8堰堤まで実際には通行可能だった。その先は崩壊した旧林道跡を行く。両側から覆い被さった笹と藪を掻き分けて進み、八ノ沢出合から徒渉を繰り返しつつ戸蔦別川を遡る。戸蔦別川は川幅が広く水量が少ないのでどこでも徒渉できる。
1日目は十ノ沢出合の手前で幕営した。渓谷の幕営は焚火が楽しみだが、小雨が降っていたのでできなかった。テントの周辺で釣りを試みた。川虫が採れずソーセージを餌にしたが、オショロコマが簡単に釣れた。私が北海道で魚を釣ったのはほかに大雪のクワウンナイ川だけである。いずれも釣り人が殆ど入らない奥地の渓流だったからだろう、同じ場所で立て続けに魚が食い付いてきた。奥地の渓流で必死に生きている魚を食べる気にはならず、釣った魚は放流した。
翌朝、函を左岸の巻道から越えて三股に着いた。当初は三股から中央の沢を詰めてAカールに出る計画だったが、視界が悪く、Aカールから七ツ沼カールへの針路選定に困難が予想されるので右股からBカール経由に変更した。
右股の十㍍滝を右岸から高巻き始めたが、落口への下りで踏跡がなくなり、急な草付になった。子供に確保用の補助ザイルを付けてトラバースし始めた。突然、叫び声が聞こえたので振り返ると後ろにいた齋藤さんが草付を落ちていくのが見えた。齋藤さんは足から流れに落ち、もんどり打って後ろに倒れた。私は一瞬、背筋が凍りついた。まるで悪夢を見ているようだった。足元が滑って自分の体を支えるのが精一杯なので齋藤さんに安否の声をかけることもできなかった。
「お父さん 怖いよ!」
事故を見た子供が恐怖で動けなくなった。確保する灌木さえなかったが、ザイルがあるから大丈夫だと子供を落ち着かせて2人でずり落ちるように沢に下った。齋藤さんは十数㍍落ちたが、足を下にして落ちたことと、落ちた場所が水流だったので致命的な事故にはならなかった。ズボンが大きく破れて血が滲んでいたが、幸いなことに擦過傷以外に怪我は下半身の打撲と足の捻挫だけだった。これだけの高さを落ちて骨折もしていないのは奇跡としかいいようがない。
この先どうするか善後策を相談した。戸蔦別岳の稜線に上がってヘリコプターを要請することも考えたが、稜線は霧が覆っており、ヘリが飛べるとは限らない。
「ヘリを呼べば遭難騒ぎになります。何とか歩けるので自力で下山してみます」との齋藤さんの主張で自力下山を選択した。稜線を越えて額平側に登山道を下ることも考えたが、これ以上登るのは無理との齋藤さんの言葉で戸蔦別川を戻ることにした。滝の下降は不可能なので、高巻箇所を登り返した。私が草付を空身で這い登って巻道に辿り着き、ザイルを固定した。それから2往復して2人の荷物を背負い上げ、齋藤さんを引っ張り上げた。2時間かかって何とか滝の下に戻ることができた。ここから先は荷物を背負って自力で沢を下る。負傷した脚での歩みは遅く、苦難と忍耐の下りが続いた。踏跡に出てから私と子供が先行し、車を回収して林道終点まで齋藤さんを迎えに戻った。札幌の齋藤さん宅に到着したのは深夜だった。長い1日は終った。


参考書籍案内

齋藤さんは事故が原因で計画が潰れたことを気にしていたが、私は大事故にならなかったことに安堵した。数日後、子供と2人だけで再度七ツ沼カールを目指した。今度はより簡単な額平側から行くことになった。百名山で賑わう登山道を避け、額平川本流を遡って幌尻岳北カールを経由することにした。
幌尻岳登山口の額平川林道遮断器で出発の準備をしていたところ、大型観光バスがやって来た。登山ツアーの一行でトラックに荷物と人を載せ替え、遮断器を開けて入って行った。
「ずるいよ!子供が歩くのに大人が錠を開けて車で入るなんて」と子供が呟いた。確かに一部の人だけ林道に入れるのはおかしい。取水口まで7㌔余り、2時間近く歩いて取水口に着いた。ここから山道になり、二十回ほど徒渉を繰り返して幌尻山荘に着いた。途中で登山ツアーの一行に追いついた。山荘の管理人が林道のトラック運送と山荘までの案内を請け負っていることが判ったが、釈然としない気分だった。
山荘から私たちだけ額平川沿いの道を辿り、戸蔦別岳への道を分け、額平川本流(北カール直登沢)を遡る。易しい沢登りと本に書いてあったが、大きな滝が2つあり、通過に苦労した。2段12㍍滝を右から小さく高巻くと予想していなかった大きな雪渓が現れたが、何とか上を通過できた。その先に十㍍滝が現れた。右から高巻こうとしたが、途中で行き詰まって引き返した。踏跡を見付け右を小さく巻いて落口のすぐ下に出たが、落口まで数㍍覆い被さった岩場を這い登らなければならない。
「滑ったら滝の下まで落ちちゃうよ。お父さんが落ちたら1人では帰れない。2人とも死んじゃうよ!」と子供が叫んだ。危険を冒すことはできないので元に戻ることにした。ザイルを持参しなかったので5㍍の細引2本をつないで子供を確保して、やっと元に戻った。結局この滝は左岸を大高巻きして突破した。踏跡は全くなく、シャクナゲの密叢を抜けて灌木を手掛かりにやっと落口に下った。以前の記録では簡単に通過しているが、落口の部分が悪くなったのかもしれない。
標高千二百㍍の二股は右に入るが、出合の滝が登れず、二股の間を登って灌木伝いにトラバースして越えた。その先は小滝が連続しているが、階段状で容易に越えられる。登り詰めると傾斜が緩くなって北カールに出た。カールに出たとたん霧で視界がなくなった。カール壁を登ってハイマツの藪を少し漕ぐと登山道に出た。視界のない幌尻岳山頂を越え、戸蔦別岳との鞍部から急なカール壁を下って七ツ沼カールに出た。
憧れの七ツ沼カールは霧が立ち込め、全貌を見ることはできなかった。人っ子一人おらず、七ツ沼は殆ど涸れていた。小さな雪渓が残っていて水流が流れており、傍らにテントを張る。このカールには熊が多く、霧の中からいつ熊が現れないかと不気味だった。子供は熊を心配していたが、疲れてすぐ眠ってしまう。沢で濡れたズボンが冷たいのと熊の不安とで私はよく眠れなかった。
翌日に晴れるのを期待したが、逆に夜半から雨が降り出した。今回の目的は沢から七ツ沼カールに登り、カールの中を歩き回って圏谷地形を観察することだった。カールには達したものの、子供に氷河地形を見せる約束は十分に果たせなかった。翌朝、視界のない中、雨具を着けて戸蔦別岳に登り、登山道を幌尻山荘に下った。登山者の大半が幌尻山荘から幌尻岳を往復するため、戸蔦別岳の道では誰にも会わなかった。父と子の七ツ沼カール訪問は終った。(2007年7月〜8月)


幌尻岳 右が北カール

戸蔦別岳

新冠川本流の函

七ツ沼カールの圏谷壁

七ツ沼カール全景

幌尻岳山頂部

幌尻岳遠望(ピパイロ岳から)

幌尻岳(ピパイロ岳から)

幌尻岳(伏美岳から)

幌尻岳(左 )、戸蔦別岳(右)

幌尻岳・戸蔦別岳(北の稜線から)

幌尻岳(北戸蔦別岳付近から)

戸蔦別川の遡行

戸蔦別川の幕営

戸蔦別川のオショロコマ

戸蔦別川 三股付近

戸蔦別川 事故のあった十㍍滝

戸蔦別川三股下流の函

額平川源流

北カール

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